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- 冷暖房システムの脱炭素化はネットゼロへの重要なステップ
冷暖房システムの脱炭素化はネットゼロへの重要なステップです。地域熱供給システムや、再生可能エネルギーで稼働するヒートポンプがその一助となるかもしれません。
気候変動によって気温や天候がより極端になるにつれ、人々は快適さや生産性を保つために、これまで以上に温度調整システムに頼るようになるでしょう。そのため、再生可能エネルギーや、より効率的な技術を活用して脱炭素化をはかることが、より一層急務となります。
冷暖房の分野は、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行において、他の分野に遅れをとっています。
現在、この分野は世界の最終エネルギー消費量1の約半分、そして世界の温室効果ガス排出量2の約15%を占めており、その多くを石炭、石油、天然ガスに依存しています。これは、気温が毎日、また季節によっても変化するため、暖房や冷房の需要も大きく変動することが一因です。さらに、個人や企業がよりサステナブルな冷暖房システムに追加費用を支払うことに消極的であることも、問題を複雑にしています。新しい電気自動車のような魅力がないため、新しいボイラーへの投資には社会的インセンティブがほとんどありません。
「世界的に見て、再生可能エネルギーの導入は順調に進んでいますが、懸念すべきことに、冷暖房分野はエネルギー転換を進める上で大きな比重を占めているにもかかわらず、その導入は停滞しています」と、サステナブルな地域熱供給の普及を推進する欧州の業界団体、ユーロヒート&パワー(Euroheat & Power)のマネージングディレクター、オレリー・ボーヴェ(Aurelie Beauvais)氏は述べています。
ヒートポンプによる地域熱供給
2つの重要な技術の組み合わせがこの分野の脱炭素化に役立ちます。地域熱供給システムは、デンマーク、フィンランド、スウェーデンなど多くの国々で、温度管理において重要な役割を果たしています。
これらのシステムは、中央集約型の設備を基盤としています。つまり、熱や冷気が中央のエネルギー源で生成され、その後、特定の地域の住民や産業に配分される仕組みです。集中型のシステムは個別型に比べてエネルギー効率が非常に高く、地域エネルギーシステムでは、従来の方法に比べて暖房や冷房に必要なエネルギーを最大で50%削減することができます。風力発電所のように大規模な再生可能エネルギー源に接続されたシステムによって、効率の最大化が図られています。
このようなシステムのもうひとつの利点は、余剰熱の回収です。つまり、 他のプロセスで発生した熱を取り込み、エネルギーとして再利用することができます。
「冷蔵センター、スーパーマーケット、データセンターなどの都市環境における冷却プロセスは、すべて大量の熱を放出しており、これを熱源として利用することができます」とボーヴェ氏は説明します。また、「この方法の優れた点は、通常であれば無駄になってしまう資源を活用できることであり、循環型社会の実現に非常に効果的です」と続けます。
ここで、2つ目の重要な技術であるヒートポンプに話を移しましょう。ヒートポンプは19世紀に開発され、例えばデータセンターの排気口など、ある場所から熱を取り出し、それを家庭のラジエーターのような別の場所に集める仕組みです。また、このプロセスを逆に行うことで冷房も可能です。
「ヒートポンプは今まで発明された中で最も効率的な暖房技術です」と、エネルギー分野の政策革新を推進する非政府組織 Regulatory Assistance Project のプリンシパル兼欧州プログラムディレクター、ジャン・ローゼノウ(Jan Rosenow)氏は述べています。「燃料を燃やすと常にエネルギーロスが生じるため、100%以上の効率は不可能ですが、ヒートポンプは空気、地面、水中にすでにある熱を移動・圧縮し、必要な場所に運びます。」
ヒートポンプは周囲の環境から熱を取り込むことで、それを稼働するのに必要な電力の3倍のエネルギーを生産できます。つまり、300%という高い効率が実現できるのです。
大型のヒートポンプは地域熱供給ネットワークのエネルギー源として利用できます。また、個別のヒートポンプは、農村部などの共同インフラに接続できない家庭や企業に設置することができます。ローゼノウ氏によると、スカンジナビア諸国では、地域熱供給ネットワークに接続されていない家庭では、すでにヒートポンプが標準的な暖房手段となっています。
ヒートポンプは “これまでに発明された中で最も使いやすく効率的な暖房技術です。”
ジャン・ローゼノウ(Jan Rosenow)
Regulatory Assistance Project プリンシパル兼欧州プログラムディレクター
消費者が置かれている環境の変化
このような成功例がある一方で、地域熱供給やヒートポンプのさらなる普及には依然として障壁があります。自治体はその導入を促進するために、包括的な取り組みや効率的な認可・許可制度を整備する必要があります。しかし、おそらくより大きな課題は、家庭におけるヒートポンプの普及にあります。初期費用が高いため、長期的には効率面でメリットがあるにもかかわらず、住宅の所有者がこの技術に投資することをためらっています。
「人々は暖房機器が壊れない限り買い替えようとせず、壊れた場合には最も安価で手軽な選択肢を選ぶことが多いですが、それは結果として化石燃料を使うことになります」とボーヴェ氏は言います。「消費者側のこうした消極的な姿勢が政策立案者をしり込みさせています」
この障壁を克服するためには、地方や国レベルで、初期費用を補うための財政的なインセンティブを実施する必要があります。
「人々に自宅で何をすべきかを法律で指示することはできません。そうするには、補助金などのインセンティブを提供したり、化石燃料と比べて低い料金に設定する必要があります」とローゼノウ氏は言います。「ヒートポンプに切り替えることで実際にお金を節約できる環境を作る必要があります」
実際は、見た目以上にこの技術への需要は高まっているのかもしれません。2023年にヨーロッパの一部でヒートポンプの販売数が減少しましたが3、このデータだけでは全体像は掴めません。暖房市場は全体として縮小傾向にありますが、ヒートポンプは化石燃料による暖房システムと比較して市場シェアを増加させました。これはヒートポンプへの関心が高まっており、新築の暖房や冷房システムの選択肢としてますます一般的になっていることを示唆しています。
スマートシティの電化がもたらす未来
さまざまな政策によって、この移行は加速し始めています。欧州では、2030年の気候目標達成を目指す政策パッケージ「Fit for 55」により、今後10年間でエネルギー効率を11.7%向上させることが求められており、人口45,000人を超えるすべての都市は、暖房と冷房の計画を策定することが義務付けられます。この計画策定のプロセスは、都市がエネルギーシステムを見直し、熱を輩出している倉庫のような脱炭素化に活用できる地域資源を特定する機会になります。例えば、ベルギーのゲントでは、市の中心部近くにある石鹸工場が廃水を通じて大量の熱を排出していることが判明し、その熱を回収して近隣の地域熱供給に活用しています。
「冷暖房の計画を分析する過程で、多くの都市がどこでエネルギー効率を高められるかについて新たな知見を得ることができるでしょう」とボーヴェ氏は言います。「しかし、都市には権限や予算の制約があるため、追加のインセンティブを提供する国全体の枠組みがあるほうが望ましいのです。」
この目的のために、欧州の計画には社会気候基金(Social Climate Fund)も含まれており、各国の気候計画に沿って、建物の再生可能エネルギーへの移行を進める家庭や企業を支援しています。フランスでは、都市や地方自治体が地域熱供給プロジェクトの資金調達を行えるよう支援するため、再生可能熱基金(Renewable Heat Fund)が設けられています。
フィンランドのように、長期間にわたってクリーンエネルギーのインセンティブが導入されてきた国々では、新築の建物にヒートポンプや地域熱供給システムを設置することが広く普及しています。「新築の建物に関しては、こうしたシステムの導入を義務化するのは比較的簡単です」とローゼノウ氏は言います。「しかし、既存の古い建物を改修する場合は、事前に十分な計画を発表し、関係者とコミュニケーションを取り、必要に応じて財政支援や特例措置を設けることも求められます。」
このような国家計画がない米国でさえも、ニューヨークには世界最大級の地域熱供給ネットワークがあり、2022年にはヒートポンプの販売台数が初めてガスボイラーを上回りました。これは、緩やかではありますが、文化的な変化が起こりつつあることを示しています。
企業もまた、この動きに注目しています。従来、ヒートポンプ市場は小規模な企業が主導してきましたが、英国のオクトパスエナジー(Octopus)のような大手企業がヒートポンプの割引を提供するようになっています。ドイツの暖房設置業者サーモンド(Thermondo)は、ボイラーの交換を希望しながらも費用面で躊躇している人々のために、ヒートポンプのレンタルオプションを開発しました。
「まだ発展途上にある市場では、コストをさらに下げる必要がありますが、イノベーションや消費者の導入プロセス、効率化に関して大きな進展が見られており、これらによって今後はコストが下がっていく可能性が高いと言えるでしょう」とローゼノウ氏は述べています。
■ 投資のためのインサイト
世界が徐々にネットゼロ目標に向かって進む中、ヒートポンプはその解決策のひとつとなる可能性が高いです。再生可能エネルギーを利用することで、ガスボイラーを使うよりもはるかに少ない排出量で、家庭やオフィスを暖めることができます。また、空気を冷やす機能もあるため、電力の消費量が多いデータセンターで役立つ可能性があります。例えばドイツでは、政府が2045年までに化石燃料を使った暖房を廃止することを約束しており、それには現在の20倍にあたる2,000万台のヒートポンプが必要になります。
これは、ヒートポンプそのものだけでなく、さまざまな分野で投資の可能性を生み出します。ヒートポンプの設計や製造は、それらを動かすための半導体や、機能を高めるための高度なシミュレーションソフトウェアへの需要も支えるでしょう。
次に、ヒートポンプの設置が必要となります。 これは、現代的でサステナブルな建物の建設に重点を置いた私たちの不動産投資戦略にとって非常に重要なプロセスです。ヒートポンプの設置は、これまでにもスウェーデンのデータセンターや英国マンチェスターのオフィスなど、いくつかのプロジェクトで取り入れられてきました。いずれの場合も、入居者にとって魅力的で現代的な建物の実現に貢献し、その結果、魅力的な投資リターンをもたらしています。
ヒートポンプの普及が進むにつれて、電力需要も増加し、それに伴い送電網の強化や近代化が求められるようになります。これは、私たちのクリーン・エナジー・トランジション戦略の中心的な分野であり、クリーンエネルギーのエコシステムとバリューチェーン全体にわたって、包括的に移行を支援するための投資を行っています。
[1] https://www.irena.org/Innovation-landscape-for-smart-electrification/Power-to-heat-and-cooling/Status
[2] https://www.weforum.org/stories/2022/02/heating-up-and-cooling-down-climate-innovation/
[3] https://www.carbonbrief.org/guest-post-heat-pumps-gained-european-market-share-in-2023-despite-falling-sales/
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