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内向きへの転換
2025/09/24

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概要

世界は変わりました。最近の米国の政策変化に象徴される「パックス・アメリカーナ(米国による平和)」の終焉は、米国主導のグローバルな安定の時代に終止符を打ちました。世界各国は今、内向きに舵を切っています。



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縮小志向

協調ではなく縮小志向が、新たに出現しつつある世界秩序のテーマです。多国間主義の防護柵が崩れつつあるこの新しい取引重視の時代において、各国は自国の利益を守る能力を見極め、不足がある場合にはそれを是正するために同盟を結ぶことが多く、しばしば隣国との連携が選ばれます。これは地政学的同盟関係においてグローバリズムから距離を置き、より地域主義へと向かう構造的シフトを促し、ひいては経済関係にも同様の影響を及ぼしています。

このような状況下における経済と資産クラスの長期的見通しについて改めて検討し、今後数年間に市場に影響を与えると予想される主要テーマのいくつかについて深く掘り下げます。

従来の枠組みでは、米国は外国資本と引き換えに経済的安定、安全保障、そして優れたリターンを提供してきました。この枠組みにおいて、米国が提供した魅力的で低リスクのリターンは世界中から資本を呼び込み、結果として米国は経常収支と財政の「双子の赤字」を蓄積することになりました。その結果、米国の対外純投資残高は約マイナス27兆米ドルとなり、GDPの約90%に相当します。しかし、この枠組みに対する国際的な不信感の高まりは、米国の関税政策によって一層悪化しており、資本が米国から本国へ戻るリスクが高まっています。実際、認識されている貿易不均衡に対処する目的で米国が関税を引き上げれば、貿易の流れが逆転し、それが資本の流れの逆転を招く可能性があります。同時に、平和と安定の保障役を果たすという米国の関与に対する曖昧な姿勢は、安全保障政策にも影響を及ぼしています。これはNATO加盟国がGDP(国内総生産)に占める防衛費の割合を引き上げる大きな原動力となっています。

NATO首脳による最新の支出公約には、中核的軍事能力にGDPの3.5%、安全保障関連インフラ事業に1.5%を充てることが含まれています。この政府支出の増加は財政刺激策として機能し、欧州の復活を支えるでしょう。

防衛費の増加は、欧州最大の経済大国であるドイツの新たな財政姿勢と連動しています。他の多くの欧州諸国に先駆けてGDP比3.5%の防衛支出目標を達成することを目指し、ドイツは財政刺激策を実施する姿勢を示しています。これは欧州全体へ波及する潜在的な「ゲームチェンジャー」となり得ます。欧州では融資拡大や金融緩和政策がより広範な構造的回復を支えています。

地殻変動

米国の対外姿勢の変化と欧州の復活は、総合的に見て世界経済と金融市場における地殻変動を意味しています。これにより、すでに一部の外国資金が米国から流出しています。金融市場の懸念が最もはっきり表れているのが米ドル安です。長年、世界の究極の安全資産とされ、基軸通貨でもあった米ドルの地位について、投資家は疑問を抱き始めています。



国際的な枠組みの変化は投資にも影響を与えます。欧州の復活により、世界の投資家は長期の通貨、債券、株式の資産配分を検討する際に、より多くの選択肢を持てるようになります。今後10年間の資産配分の判断は、過去10年間のものとは異なるものになるでしょう。

新たな時代を乗り切るには、リスクを認識した慎重で戦略的なアプローチが必要となります。投資家は今後数年間、変動が激しいマクロ経済環境に直面するでしょう。背景には、貿易摩擦がインフレを引き起こすかどうかが不確実である一方、財政の持続可能性への懸念が長期金利を上昇させる要因となっていることがあり、米国と欧州の両方で債務水準が増加すると見込まれています。米国では、議会予算局(CBO)が2034年までに国の債務を3.3兆米ドル増加させると推定している予算調整措置法案(One Big Beautiful Bill Act:OBBBA)の可決が、米国の財政の長期的持続可能性への懸念を一層強めています。

このような状況下では、ターム・プレミアム(短期債を保有する代わりに長期債を保有することで投資家が求める超過利回り)は長期的に上昇し続ける可能性が高いでしょう。同時に、米国の短期国債がリスクフリーレート(リスクがゼロに近いとされる金融商品の利回り)を表すという長年の概念は、今や見直されるべきです。

技術競争

世界経済における大きな変化はアジアにも及んでおり、米国の単独主義や「アメリカ・ファースト」を強調する姿勢は、台湾や日本、韓国などの国々が地政学的リスクを再考せざるを得ない状況を生み出しています。アジアにおける米国の存在感が低下すると、域内の大国が安全保障体制の構築で、より大きな役割を担う余地が生じます。中国はすでに一帯一路(BRI)などによって影響力を拡大しており、特に台湾海峡や南シナ海において、より積極的な役割を果たす可能性があります。長年の米国の同盟国である日本や韓国は、戦略的パートナーシップを多様化するとともに自国の防衛能力を強化することを模索するかもしれません。



米国がアジアへの関与を見直す動きは、中国の技術革新と相まって、米中対立を一層深刻化させています。中国のAI(人工知能)分野における革新は、各国に技術的自立や政治的同盟関係、経済的未来を左右する厳しい選択を突き付けています。米中いずれかの技術に歩調を合わせるのか、両者を使い分けるという微妙なバランスを図るのか、各国はその間で難しい選択を迫られています。これは複雑な問題であり、とりわけ非同盟の立場にある国々は一層深刻な岐路にたたされるでしょう。この分裂はハードウェアにとどまらず、デジタルガバナンス、データセキュリティ、サイバーに関する国際規範にも及び、各国に経済の行方を左右する重大な決断を要求することになります。

技術覇権をめぐる競争は、地球温暖化によって促進されている電化の分野にも広がっています。各国の進展速度は国によって差があり、特に電気自動車(EV)に関して差が顕著です。中国は極めて積極的な政策により、EVを含むエネルギー転換のバリューチェーンのほぼ全域で圧倒的な主導権を確立しています。西側諸国が適切な産業政策を実施できなければ、一層の出遅れを招き、中国との間に埋めがたい技術格差が生じるリスクがあります。

世界経済は、こうした地政学的競争が絡み合う不安定な状況に直面しています。同時に、各国は国内で深刻化する人口問題に取り組んでいます。人口減少や移民動向の変化は、各地域の成長見通し、労働市場、インフレ動向を変化させています。こうした圧力により、今後数十年で経済構造は再構築されるでしょう。繁栄を続ける国々は、労働者が減少し高齢者が増える環境の中でも成長する新たな方法を見出すでしょう。

結論として、変化する世界秩序がもたらすリスクと機会を理解することは、今後数年間にわたり資産配分やポートフォリオ構築に携わる者にとって極めて重要であると私たちは確信しています。あらゆる投資の出発点は、パックス・アメリカーナ(米国による平和)後の世界で進む地政学的、金融的、技術的環境の急速な変化がどのように相互に関連しているかを把握することにあると考えています。


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