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年金制度は「100年安心」か?
市川 眞一
2019/09/27

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概要

「老後資金2,000万円問題」が世間を騒がせたが、それは公的年金の制度が「100年安心(維持可能)」であることと、「人生100年時代」を混同した的外れな議論だった。本質的な問題は、人口減少と生産性の伸び低下で公的年金制度の前提が崩れつつあることではないか。日本の老後の備えは、自助重視の時代へ突入する可能性が強い。



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的外れ:金融庁ワーキンググループ報告書への批判

今年6月3日、金融庁のワーキンググループが公表した『高齢社会における資産形成・管理』との報告書が、標準世帯の退職後の生活維持に金融資産「2,000万円の取り崩しが必要」としたことに注目が集まった。批判の多くが「100歳まで年金だけで暮らせないのか」、「『100年安心』は嘘だったのか」と言ったものだったが、これは2004年度の年金制度改革を誤解している。

この時に決まったのは、①2017年度まで年金保険料を段階的に引き上げる、②マクロスライドを導入し、概ね5年ごとの財政再検証で給付水準の見直しを行う、③積立金を段階的に取り崩す・・・などにより、100年程度、年金給付額の所得代替率を50%以上に維持可能とすることだ。つまり、年金制度の持続性が「100年安心」なのであって、「老後は年金のみで安心して暮らせる」ことを目標としたわけではない。

金融庁の報告書は、年金だけでは老後の備えに不十分な状況を改めて指摘したに過ぎないが、参院選を控え政治的に使われた。また、政府も有権者への影響を恐れてか、正面から説明することを避けた感が否めない。

 

2004年度年金制度改革の骨格を維持するにはTFPを年0.9%伸ばす必要があるものの・・・

むしろ本当の問題は、参議院選挙後の8月27日、社会保障審議会年金部会で示された財政再検証の結果だろう。全要素生産性(TFP)を使い、今後の長期的な経済状況を6つのケースに分け、それぞれの将来における所得代替率が計算されていた。結果を見ると、50%の水準を維持するには、TFPの伸びが年平均0.9%以上でなければならない。他方、「経済成長と労働参加が進まない」ケースでは、2052年までに積立金を全て取り崩しても、以降、現役世代の保険料だけで年金給付を賄う「完全賦課給付」へ移行することになる。その前提のTFPの平均増加率は0.3%だった。

ちなみに、日本のTFPの伸びは長期的な縮小傾向にあり、第2次安倍政権発足以降、2017年度まで5年間の年平均増加率は0.6%だった(図表)。さらに、2017年度は0.3%まで落ち込んでいる。つまり、アベノミクスの下ですら、2004年度の年金制度改革で示された代替給付率50%維持は難しい目標になりつつあるわけだ。

 

「老後の備え:「公助」から「自助」の時代へ

政府は、『全世代型社会保障検討会議』を発足させ、給付と負担のあり方を検討するとしている。しかしながら、年金、医療、介護の社会保障制度は国民生活に直結するだけに、抜本的な改革が行われる可能性は低い。定年の見直しを民間企業に求めると同時に、年金受給開始年齢を柔軟化するのが精一杯なのではないか。

一方、厳しい財政状況の下、保険料の引き上げなど痛みを伴う改革がない場合、長期的には年金給付額の所得代替率低下は避けられないだろう。それは、国民に老後の生活設計の抜本的な見直しを迫るものだ。

最早、年金制度の「100年安心」は崩れつつある。日本の社会保障は、自助重視の時代に入るのではないか。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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