Article Title
ハイパー・インフレのリスク
市川 眞一
2019/11/29

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

足下の日本経済では、インフレどころかデフレ圧力への警戒感が強い。ただし、過去の経験によれば、物価が急騰する前の段階で、積極的な財政支出と金融緩和の局面があった。5〜10年先までを見据えた場合、日本経済には、ハイパー・インフレのマグマが溜まりつつあのではないか。家計・企業にはリスクへの十分な備えが必要だろう。



Article Body Text

高橋の警鐘:日銀の国債抱え込みは悪性インフレの源

日銀が2%の安定的物価目標を達成できないなか、インフレのリスクを議論するのは違和感があるかもしれない。しかしながら、例えば1971年8月のニクソン・ショックによる円高不況を回避する意味もあり、田中角栄首相(当時)の下で実施された列島改造政策は、1973年10月の第4次中東戦争を契機とする石油危機で狂乱物価を招いた。1972年の時点で、ハイパー・インフレを身近に感じるのは困難だったであろう。

統計で確認できる限り、日本の物価が最も上がったのは1946年だ。この年、旧卸売物価指数は前年比364.5%上昇している。主な理由は、1937年の日中戦争勃発から終戦までの軍事費を中心とする財政支出の急激な拡大、それを支えた日銀の資産膨張が、終戦により国際金融市場との接続が回復したことで、一気に清算を求められたことだった。

ちなみに、1931年12月から1936年2月まで蔵相を務めた高橋是清は、積極財政と日銀による国債引き受けで世界恐慌から日本を建て直したことにより高く評価されている。ただ、「高橋財政」が量的緩和を前提としたとの見方は全くの誤解で、高橋は日銀が国債を大量に抱えれば、「明らかに公債政策の行詰りであって、悪性インフレーションの弊害が現われ、国民の生産力も消費力も共に減退し生活不安」に陥ると強く戒めていた(1935年7月国民向け声明)。実際、高橋財政の5年間、名目GDPは年平均7.3%伸びたが、マネタリーベースの増加は同7.0%に抑えられている。

しかし、デフレ脱却を背景に財政政策の転換を図った高橋は、軍事費に大鉈を振るったことで226事件により暗殺された。高橋の死後、軍部主導の財政支出拡大を量的緩和が支え、終戦前年の1944年に日銀の資産総額は1936年と比べて12.7倍に急増している。この中央銀行による財政ファイナンスは、終戦後、日本経済がハイパー・インフレに陥った最大の要因だろう。

 

 

家計・企業:5年先を見据えたハイパー・インフレへの備え

足下に目を転じると、日銀の資産規模は、11月20日現在、576兆9,577億円となり、対名目GDP比では103.3%に達した(図表)。これは、終戦直前の1944年末における33.5%を遥かに上回る。また、リーマンショック後、QEを3段階で強化したFRBの場合、資金総額対GDP比率は2015年1-3月期の25.3%が最高水準だった。日本の量的緩和は、歴史の上でも国際的にも未踏の地に踏み入っている。高橋に言わせれば、いずれ「悪性インフレーション」に陥るレベルだろう。

もちろん、現在の経済状況において、2~3年以内にハイパー・インフレが起こる可能性は高くない。ただし、5〜10年の期間で考えれば、薪は着実に積み上げら、何かを契機として点火された場合、インフレの炎が燃え上がるリスクが高まっているのではないか。

2019年度補正予算について、与党幹部から「真水10兆円以上」が示された。その実現性は低いが、日銀がいつでも国債を買える状況下、安倍政権が財政再建に舵を切ることはなさそうだ。企業、家計は、将来のハイパー・インフレのリスクに備える必要があるだろう。


市川 眞一
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。2011年6月よりテレビ東京『ワールドビジネスサテライト(WBS)』レギュラー・コメンテーター。


●当資料はピクテ投信投資顧問株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら