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安倍首相退陣論について
市川 眞一
2020/08/28

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概要

安倍晋三首相が慶應大学病院において検査を受けたことから、健康問題による早期退陣論も取り沙汰されている。健康に関する真相は不明だが、第1次内閣と同じ病で2度目となる任期中の退任は可能性が低いのではないか。また、仮に安倍政権が変わるとしても、日銀の金融政策が変化することはないだろう。それは、中央銀行の独立性に関わる問題になるからだ。



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第1次安倍内閣総辞職:政権交代への転換点となった

2007年9月12日、安倍首相は記者会見を開き、辞意を表明した。これに先立つ7月29日の参議院選挙において、自民党は改選27議席を失う歴史的大敗を喫している。結果として、自民、公明両党による連立与党は、参議院で過半数割れの状態に陥った。

この代償が大きかったのは、同年11月1日に期限切れとなるテロ対策特別措置法の延長法案成立が困難になったことだ。安倍首相は、心労が重なったためか積年の持病である潰瘍性大腸炎が悪化、政権を放り出さざるを得なくなった。結局、後継の福田康夫内閣もテロ対策特措法を延長することができず、同法は失効したのである。インド洋における海上自衛隊の多国籍軍に対する支援活動は中止に追い込まれ、日本政府は国際社会において面目を失った。

さらに、安倍政権の挫折は、後に続いた福田、麻生太郎両内閣も挽回することができず、2009年8月31日の衆議院総選挙で15年ぶりの政権交代が実現している。5年5ヶ月の長期政権を維持した小泉純一郎首相から内閣総理大臣を引き継いだ安倍首相は、就任当初、各種の世論調査で極めて高い支持率を得ていた。それだけに、366日で終わった短命政権の責任を問う声は、自民党周辺において極めて強いものがあったと言えるだろう。

 

 

安倍首相退陣説:同じ病で2度目があるのか?

第2次政権発足から7年8ヶ月が経過した。安倍首相は、昨年11月20日、戦前の桂太郎首相による憲政史上最長の在任記録を更新した。さらに、今年8月24日には、佐藤栄作首相の連続在任記録も塗り替えている。

そうしたなか、8月17日に慶應大学病院を受診したことで、健康不安説が取り沙汰されるようになった。新型コロナへの対応で147日間に渡り休みをとることができず、持病が悪化したとの見方は少なくないようだ。確かに、最近、同首相の表情に疲労感が漂っている感は否めない。

健康問題の真相は不明だ。ただし、一般的に65歳なら持病を抱えていても不思議ではなく、それが進退問題に直結するとは必ずしも言えないだろう。例えば、今年6月、64歳のアンゲラ・メルケル独首相も公式の式典で体の震えが止まず、健康を心配する声があった。しかし、その後も問題なく執務を継続している。

8月28日、安倍首相は記者会見に臨み、新型コロナウイルスへの対応などに加え、自らの健康についても説明すると見られる。詳しい状況はこの会見により明らかになろうが、同首相の場合、第1次内閣が総辞職に至った経緯を振り返れば、自民党総裁任期満了まであと1年の段階で、同じ病により2度目の途中退任に踏み切る確率が高いとは思えない。

 

 

金融政策:独立性に鑑みて変更は考え難くい

安倍首相が退任するとの仮定の上で、日銀の金融政策が変更されるとの見方もあるようだ。しかしながら、仮に首相が交代するとしても、黒田東彦総裁は2023年までの任期を全うし、政策の大きな変更はないだろう。理由は、日銀の独立性の根幹に関わる問題だからだ。

黒田総裁は、安倍内閣の下で日銀総裁に就任し、安倍首相のデフレ脱却策である「3本の矢」の1本を担って、量的・質的緩和を続けてきた。ただし、法制度の上では、それはあくまで政策決定会合における合議の結果として、日銀が独立して判断したことである。

この日銀による異次元の緩和は、当初、為替を円安方向に反転させるなどデフレ緩和に大きく貢献した。しかし、目指していた世の中の期待インフレ率を高めることができないなかで、「2%」の物価目標に拘り続け、実質的な完全雇用の下でも出口戦略へ移行する切っ掛けを失ったと言える。むしろ、今では市場の価格発見機能が麻痺するなど副作用が大きくなりつつある上、出口戦略も困難を極めるだろう。

ただし、内閣総理大臣に日銀総裁が殉じて退任したり、内閣総理大臣の退任に合わせて政策を変えれば、建前としての日銀の独立性が崩れ、それは金融政策の歴史に大きな禍根を残すことになりかねない。従って、仮に安倍首相が退任する場合でも、金融政策には変化がないと考えられる。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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