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日米通商交渉の問題点
市川 眞一
2025/06/13

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概要

日米通商交渉は進展が見通せない状況だ。レアメタル・レアアースの輸出管理で米国を慌てさせた中国と異なり、日本側にはトランプ政権に決着を急がせる「代償」がないからではないか。仮に24%の相互関税を回避できたとしても、自動車・部品に関する25%の個別関税問題が残る。また、日本企業がASEAN諸国等で製造、米国へ輸出しているケースに関しては、不透明感が拭えない。



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■ 「代償」を得た中国の強気

フィナンシャルタイムズのコメンテーター、ギデオン・ラックマン氏は、ドナルド・トランプ大統領が米国による買収を主張するグリーンランドに関し、「デンマークとEUは、その島に手を出した場合、代償を払わされることになるとトランプ大統領に知らしめる方法を見付けるべき」と警告した。中国は、米国との通商交渉において、強力な「代償」を見出したようだ。レアメタル・レアアースである。例えばレアアースについては、2024年、中国が世界の生産の68.5%を占めた(図表1)。


バイデン政権による半導体の対中封じ込め策に対抗し、2023年8月1日、中国はレアメタルの一種であるガリウム、ゲルマニウムの輸出管理を強化した(図表2)。その後も段階的にレアメタル・レアアースの管理を拡大、トランプ大統領が相互関税を発表した2日後の今年4月4日には、17種類のレアアースのうち、7種類を対象とする新たな方針を発表している。結果として、米国の自動車メーカーは一部の生産を停止せざるを得なくなった。


6月5日、トランプ大統領は習近平国家主席と電話首脳会談を行ったが、これは米国側の要請によるものだったようだ。また、第1次トランプ政権下での米中通商交渉の舞台は主にワシントンだった。一方、今回、閣僚協議がジュネーブ、ロンドンで行われたのは、「代償」を見出した中国が、米国に対し強気で臨んでいるからだろう。



■ 「代償」を払うのは・・・


日本政府とトランプ政権との通商交渉は、現段階で合意のメドが立っていないようだ。日本側に米国を決着へ急がせる「代償」がないからではないか。

スコット・ベセント財務長官は、6月11日、下院歳入委員会で証言、交渉中の18ヶ国・地域について、7月9日に予定される相互関税再発動を先送りする可能性を示唆した。6月15~17日のG7カナナスキス・サミットに伴う日米首脳会談での基本合意が難しくなった日本にとり、これは明らかに朗報と言えよう。ただし、自動車・部品25%、鉄・アルミニウム50%の個別関税は続いており、日米間の交渉は米国が主導権を握っている。


さらに、日本企業にとっての問題は、日米交渉が仮に決着したとしても、それで全てが解決するわけではないことだ。


例えば6月5日に『Switch 2』を発売した任天堂の場合、『Switch』の販売台数の38.3%は南北アメリカ大陸であり、その多くは米国と推測される(図表3)。他方、製造に関しては、中国、ベトナム、カンボジアなどで行われている模様だ。


トランプ大統領は、6月11日、トルゥース・ソーシャルへ米中通商交渉が前進したことを投稿したが、対中関税を55%としていた。また、4月2日の発表によれば、カンボジアへの相互関税率は49%、ベトナムは46%である(図表4)。米国とこれらの国の交渉が不調に終わった場合、日本企業は米国内における製品の値上げか、もしくは生産拠点の再配置を検討せざるを得ないだろう。

トランプ関税で最も影響を受けるのは米国の消費者と見られる。特に中・低所得者層がインフレで苦しむ可能性は強い。自ら米国に「代償」を強いることが難しい日本としては、米国国民、そしてマーケットが「代償」を支払うことで、トランプ政権が方針を転換するのを待つ以外、現状において打開策を見出すのは簡単ではないようだ。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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