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- FOMC議事要旨と金融政策の枠組みの見直し
米連邦準備制度理事会(FRB)は5月の米連邦公開市場委員会(FOMC) の議事要旨を公表した。当面の金融政策については関税政策により不確実性が高まっていることから、期待インフレ率の動向を注視しつつ、その影響を慎重に見守る姿勢が示唆された。一方、経済環境の変化を踏まえ金融政策の枠組みを見直す議論が続けられている。発表時期は分からないが、新たな枠組みに注目したい。
FRBは5月のFOMCの議事要旨を公表し金融政策の枠組みにも言及した
米連邦準備制度理事会(FRB)は5月28日、今月6日~7日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨を公表した。なお、5月のFOMCでは市場予想通り、政策金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利が4.25〜4.50%で据え置かれた(図表1参照)。
今回の議事要旨では、トランプ政権の関税政策などにより不確実性が高まる中、25年1月FOMCから3会合連続で政策金利を据え置いているが、今後も、当面は現状維持の可能性が示唆された。
また、議事要旨は政策当局者が金融政策運営の指針となる枠組みについて、定期的な見直しの議論を引き続き行っていることが述べられている。
議事要旨から、FRBは当面慎重な政策運営を行うことが想定される
今回の議事要旨は、米中双方が追加関税を115%引き下げることで合意(5月12日)する前に開催された5月のFOMCをまとめたものだ。そのため一部には古さも見られる。しかし、関税を取り巻く状況は日々変わっている。米国際貿易裁判所は28日、トランプ政権が「国際緊急経済権限法(IEEPA)」を根拠に発動した関税措置は無効と判断し差し止め命令を出した。しかし、翌日には米連邦巡回区控訴裁判所は米国際貿易裁判所の判決を一時的に停止することを命じた。結局、元の状態に戻ったわけだが、関税については引き続き不確実性が高い状況だ。
議事要旨は、不確実性が高い中での金融政策運営についてFRBは慎重姿勢を維持する意向で一致している。その背景として、現状の米国景気、労働市場の堅調さが挙げられる。今後については関税の影響により、景気や労働市場に下押し圧力がかかる一方で、インフレを押し上げる要因となることを懸念している。そうした状況では、物価安定と最大雇用というFRBの2大責務が相反する恐れもある。したがって関税の影響をどちらかに決め打ちせず、当面はデータを待つことで最近のFRBの姿勢は一貫している。
議事要旨では、今後のインフレ動向を占ううえで、期待インフレ率を重視する考えが示された。ただし、調査ベースの期待インフレ率の上昇についての判断はFOMC参加者の間で見解の相違があるようだ。
市場では調査ベースの期待インフレ率のデータとしてミシガン大学やコンファレンス・ボードなどが注目される(図表2参照)。ミシガン大学の調査による消費者の1年先期待インフレ率は5月(速報値)が7.3%と高水準だった。調査ベースの期待インフレ率(特に短期)は特定の商品が極端な変動要因となることもあり信頼度の点で注意が必要だ。筆者も期待インフレ率の水準は鵜呑みにすべきでないと見ている。なお、FRBのパウエル議長も5月のFOMCの会見で景気動向を示唆する調査ベースのデータについてGDP(国内総生産)など実際の成長率との連動制の低さを指摘している。
一方で、ニューヨーク(NY)連銀のウィリアムズ総裁は28日に、消費者のインフレに対する認識の変化に注意を払うべきと指摘し、期待インフレ率にも注目すべき点があることを示唆している。ウィリアムズ総裁はコロナ禍の前後で消費者のインフレに対する認識が変わった点を強調している。NY連銀の調査ではインフレを知らなかった若い世代のインフレ認識が、この5年で大きく変化した点などをその証拠として挙げている。図表2をみても、消費者のインフレに対する認識はコロナ禍前後で変わった可能性は確かにありそうだ。
議事要旨は金融政策の枠組みの見直しが進行中であることを示唆した
もっとも、物価連動債から算出される市場ベースの期待インフレ率(ブレーク・イーブン・インフレ率)は長期、短期ともに足元比較的落ち着いている(図表3参照)。短期の期待インフレ率は昨年後半から移民政策も含めたトランプ政策の影響を背景に上昇傾向だったが、足元では落ち着きも見せている。また長期の期待インフレ率は物価目標の2%をやや上回る水準近辺での動きにとどまっている。政策、特にFRBへの市場の信認は残っていることが大きな要因ではないだろうか。
議事要旨でも期待インフレ率をコントロールすることの重要性が強調されている。そのためには金融政策への信頼性を向上させる必要がある。その取り組みのうちの1つが金融政策の枠組みの見直しだと筆者は見ている。議事要旨でも金融政策運営の枠組みの定期的な見直しの議論が引き続き行われていと指摘している。また、最近では5月15日の講演でパウエル議長が枠組みの見直しについてコメントした。
パウエル議長によると、定期的というのは約5年ごとで、前回は2020年に枠組みが見直された。コロナ禍前に決められたと枠組みだ。20年の見直しで注目されたのは「柔軟な平均インフレ目標(FAIT)」の導入だ。FAIT導入の前提となった当時の経済状況だが、インフレ率は2%を下回ることが多く、失業率も低水準であった。20年8月のFOMCで、「物価が2%を下回ったままなら、その後は当面2%超のインフレを目指す」と声明文に明記したが、これがFAITの基本となるものだ。FAIT導入前の低インフレ環境では政策運営は2%の物価目標が上下対称ではなく、上限として意識されていた。物価が2%に近づくと市場は利上げを意識することなどから、物価が恒常的に上がりにくくなることが問題視されていた。
しかし、FAITの賞味期限はわずか2年ほどだった。コロナ禍の供給制約やウクライナでの戦争などを受け想定外のインフレが起きると、インフレ対応が喫緊の課題となったからだ。FAITはわきに追いやられた。いや、もしかするとFAITはインフレ対応への遅れに影響したのかもしれないが。
新たな金融政策の枠組みはどのようなものだろうか。先のパウエル議長の講演や、今回の議事要旨では発表時期も含め、内容は分からない。ただし、パウエル議長はインフレが低かった分を埋め合わせるように、意図的に低金利を維持するFAITの考え方に否定的なコメントをしている。今回の見直しでは、過去の超過分を埋め合わせるのではなく、2%に戻すことをゴールとすることに傾いているようだ。コロナ禍後の消費者の物価に対する意識の変化を踏まえれば、物価を目標近辺で安定化させることが見直しの基本かもしれない。
なお、パウエル議長が講演で枠組の変更に言及した際、コロナ禍後の物価動向で考慮すべき点とし供給ショックを指摘している。これまでの金融政策の考え方は需要に起因するインフレには対処可能だが、供給ショックによるインフレへの対処は難しい(現実には対象外)とされている。サプライチェーンの混乱など供給問題に中央銀行が直接対処できないのは今でも変わらない。
コロナ禍後、図表2や3のように供給ショックを背景に期待インフレ率は上昇しやすくなっている。NY連銀のウィリアムズ総裁は期待インフレ率の上昇を放置した場合、インフレが持続的になる懸念があると警告している。これは間接的ながら、中央銀行が供給ショックに何らかの対処をすることが必要と訴えているようにも聞こえる。
低インフレに悩んでいたコロナ禍前と違い、インフレの高止まりや供給ショックなど、コロナ禍後の経済環境に大きな違いが見られる。新たな金融政策の枠組みがどのようなものかは、発表を待つしかないが、経済環境の変化を考えると、政策金利を積極的に引き下げるものではないのかもしれない。その場合、低金利を求める方にとっては、お気に召さない枠組みとなるのは気になるところだ。しかし、FRBが市場の信認を重視するのであるなら、経済環境に即した政策を選択する方が賢明ではないかと筆者は考える。
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