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日銀決算が示す金融政策の限界
市川 眞一
2025/06/06

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概要

日銀の2025年3月期決算では、29兆円近い長期国債の評価損が話題になった。もっとも、それは大きな問題ではない。当座預金の付利金利が、保有する長期国債の運用利回りを超えたことに注目すべきだろう。今後、日銀が政策金利を引き上げる場合、利払い費が急増する結果、日銀が巨額の損失を計上する可能性は否定できない。それは、国債、円の信認に関わる問題ではないか。



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■ 注目される逆鞘

市場金利の上昇により、2025年3月期、日銀が保有する長期国債の評価損は28兆6,246億円に達した(図表1)。もっとも、長期国債は満期保有を前提に、償却原価方式で会計されており、評価損が金融政策に影響を及ぼすとは考え難い。また、ETFの評価益は32兆8,713億円であり、保有資産全体では評価益が維持されていた。


一方、2025年3月期決算で最も特徴的だったのは、日銀が保有する長期国債の運用利回りを当座預金の付利金利が初めて上回ったことだ(図表2)。つまり、逆鞘になったのである。


2013年4月4日以降の量的・質的緩和の下、日銀は市場から長期国債を購入、資産に計上された簿価は3月末時点で574兆2,275億円に達した。それに対応して、負債における当座預金残高は530兆4,326億円になっている。



この政策は、中央銀行が物価目標を示し、マネタリーベースの供給を拡大すれば、世の中のインフレ期待が高まる結果、投資や消費が喚起され、事後的に物価目標が達成されるとの考え方に基づくと見られる。典型的なマネタリズムの発想だ。


しかし、日銀が市中にマネタリーベースを大量に供給しても、資金需要がなく、結局、民間銀行は日銀当座預金口座へ超過準備として積み上げてきた。日本のデフレは、生産設備の老朽化、硬直的な雇用システム、技術革新の遅れなどが要因だったからではないか。金融政策でこれらの問題を解消するのは困難だろう。

■ 政府・日銀による馴れ合いの終わり


2020年春からの新型コロナ禍は国際社会を大きく変化させ、世界経済はインフレの時代に入った。日銀は出口戦略を開始、昨年7月末に政策金利の誘導水準を0.25%へ、今年1月23、24日の決定会合では0.50%へと引き上げている。もっとも、580兆円近い保有長期国債のポートフォリオの運用利回りは簡単には上昇しない。昨年度の場合、上半期は0.326%、下半期は0.381%だった。


一方、政策金利を上げる際には、同時に当座預金の付利金利を引き上げなければならない。0.5%の利上げだと、単純計算で年間2兆7千億円程度、利払い費が増加する。予見が困難な外貨差益を除けば、国債からの受取利息やETFの配当金などを合わせ、日銀の経常収入は4兆円程度がベースだ。政策金利を1%へ引き上げると、経常収支は赤字になるだろう(図表3)。


また、2020年3月期以降、日銀が払う法人税・住民税及び国庫納付金は、日銀が受け取る国債の利息を上回っていた(図表4)。2025年3月期は、日銀の国債からの受取利息2兆774億円に対し、法人税・住民税570億円、国庫納付金2兆1,511億円、計2兆2,081億円だ。付利金利の支払いが大幅な減益要因となり納税額が減少、政府にとっての対日銀収支は黒字幅が大きく縮小している。

仮に日銀が赤字になれば、政府は税収入も国庫負担金も期待できない。それは、政府が最大で3兆円規模の財源を失うことを意味する。日銀による実質的な財政ファイナンスが難しくなるだけでなく、歳入面でも財政上の大きな問題になるだろう。

日銀の2025年3月期決算は、財政政策と金融政策の馴れ合いの構造が持続不可能になりつつあることを如実に示すものだった。むしろ、これまでの馴れ合いの後始末を迫られ、日銀は必要な利上げ、政府にとっては財政出動が難しくなった可能性を示唆していると考えられる。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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