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高市新自民党総裁が直面する3つの課題
市川 眞一
2025/10/06

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概要

高市早苗元総務相が第29代自民党総裁に選出された。10月15日には内閣総理大臣に指名される見込みだ。「高市首相」が直面する課題は、1)連立の枠組み拡大、2)米国を中心とした外交、3)財政・金融政策と想定される。特に注目されるのが財政運営だ。積極財政派と知られる同氏だが、それが無責任と市場に認識された場合、意図せぬ長期金利の上昇や円安を招きかねない。



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■ 第1の課題:連立協議

率直に言って、自民党総裁選は小泉進次郎農水相優位と考えていた。しかし、高市氏が1回目の投票で党員票119票を獲得、小泉氏は国会議員票が100票に届かず伸び悩んだ(図表1)。


昨年9月の前回総裁選では、決選投票で1位と2位が逆転、党内ではリベラル色の強い石破茂首相が選出された。2大国政選挙で連敗、特に保守層の支持を失ったとの危機感が、今回は党内保守派の高市総裁が誕生した背景ではないか。


10月15日に臨時国会が召集され、高市氏が内閣総理大臣に就任するだろう。「高市新首相」が直面する課題は、1)連立の枠組み拡大、2)米国を中心とした外交戦略の構築、そして3)責任ある積極財政の具体化・・・の3つと考えられる。



特に急を要するのは連立を巡る野党との協議だ。与党は、現在、衆議院で12議席、参議院で3議席、過半数に不足した状態だ。このままでは、来年1月に召集される通常国会において、2026年度予算の今年度内成立が見通せない。


総裁選における高市氏の公約を見ると、野党が一致して求める『ガソリン税の暫定課税廃止』、立憲民主党との協議が始まった『給付付き税額控除』、国民民主党の看板政策である『「年収の壁」見直し』など、野党との連立を意識したと見られる政策が目立っていた(図表2)。

もっとも、リベラル系議員の少なくない立憲民主党との大連立は難しく、選択肢は維新の会と国民民主党に絞られよう(図表3)。高市総裁は、どちらとも太いパイプを持つわけではない模様だ。


政党間の協議となれば、自民党の幹事長、政調会長が重要な役割を担う。この人事が、連立の枠組み拡大へ向け最初の試金石と言えるだろう。


■ 第2の課題:対米外交


10月26日にマレーシアで開催されるASEAN関連首脳会議が、「高市首相」の外交デビューになる見込みだ。直後の28日前後には、ドナルド・トランプ米大統領が訪日、「高市首相」にとって初の日米首脳会談となる可能性が強い。さらに、10月31日から2日間、韓国でAPEC首脳会議が行われる。

一連の外交日程で最も重要なのは、日米首脳会談だ。貿易協議は決着したものの、5,500億ドルの対米直接投資の具体化はこれからである。日本政府は拒否権があると説明しているが、トランプ大統領が求める案件を拒めば、関税率の大幅引き上げなど、制裁的な措置を受けかねない。

そうしたリスクを軽減する上で、首脳間の信頼関係は極めて重要だろう。内閣総理大臣就任後、直ぐに外交力を問われる場面が迫っている。

■  第3の課題:財政運営

高市総裁が政治家の理想とするマーガレット・サッチャー元英国首相は、インフレが加速しようとしていた1979年5月に就任、緊縮財政と民営化・規制緩和で英国経済を立て直した。デフレの処方箋は財政支出と金融緩和だが、インフレ期は財政支出を抑制し、金融を引き締めるのが常道と言える。

IMFによれば、2025年における日本の政府純債務対GDP比率は134.2%であり、OECD加盟国では最も高い(図表4)。一方、新型コロナ期以降、世界的なインフレ圧力の高まりのなかで、コア消費者物価上昇率は41ヶ月連続で日銀が「安定的目標」とする前年同月比2%を超えた。それでも、日銀の利上げペースは極めて緩やかであるため、円の実質実効レートは下落基調にある(図表5)。

高市総裁は「責任ある積極財政」を掲げ、自民党総裁選に臨んだが、物価対策は赤字国債の増発を前提とする模様だ。また、金融政策に関しては、利上げに否定的な見方を繰り返してきた。

もっとも、発行済み国債・財投債の51%を保有する日銀がその残高縮小を図るなか、積極財政策を講じれば、国債の需給悪化により意図せざる長期金利の上昇を招く可能性は否定できない。それは、国債の発行利率を押し上げ、利払い費の急増による一段の財政悪化を招くだろう(図表6)。

また、財政への懸念、そしてマイナスの実質金利は、明らかに円売りの要因だ。結局、円安を背景とした輸入物価の上昇によりインフレが加速、むしろ逆効果になるリスクがあると想定される。

他方、株式市場では、高市総裁による積極財政、緩和的な金融政策を歓迎する声も少なくないようだ。もっとも、現在の日本株上昇は、バブル崩壊後の反発期とは明らかな違いが2つある。

1つ目の違いは、デフレからインフレへの転換だ。2つ目の違いは、政治・政策への依存度である。デフレ期における3回の大きなリバウンドは、政治・政策の変化に対する期待感が背景だった(図表7)。

今回の上昇相場は、株式持ち合いの解消が進み、上場企業が安定株主を失うなかで、敵対的買収やMBOが現実に起こっていることが要因だろう。コーポレートガバナンスの変化により、企業価値の向上へ期待が高まっているわけだ。

「高市首相」による積極財政・低金利継続は、短期的に株価を押し上げても、むしろ、日本企業の改革を阻害する可能性がある。一方、インフレ圧力が一段と強まり、円安、市場金利の上昇が進むシナリオを視野に入れなければならない。結局のところ、内外の株式、金など実物資産への分散投資を着実に実施することにより、構造化するインフレのリスクに備える必要があるだろう。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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