Article Title
過小評価は禁物 UAWのストライキ
市川 眞一
2023/09/22

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

全米自動車労働組合(UAW)がストライキに入った。景気への直接的な影響は限定的と見られる一方、賃上げを通じてインフレ長期化の背景となる可能性がある。注目されるのは、来年11月の大統領選挙を睨み、ジョー・バイデン大統領だけでなく、共和党も労働組合寄りの姿勢を示していることだ。労働需給はやや緩和されたものの、賃上げと物価上昇のスパイラルが続くのではないか。



Article Body Text

両陣営の最重要州となるミシガン

ギャラップが8月に行った世論調査によれば、労働者の処遇を巡る今回の争議について、UAWに共感するとの回答は75%に達した(図表1)。



消費者物価上昇率はピークアウトしたものの、インフレは長期化の様相を呈している。経営者の報酬が増加する一方で、一般労働者の賃金の伸びが緩慢なことに対し、米国全体にフラストレーションが溜まっているのではないか。

UAWが本部を置くミシガン州デトロイトは、2016、20年の大統領選挙を左右した『ラスト・ベルト』6州の1つだ(図表2)。



来年11月の大統領選挙で勝利するためには、民主党、共和党、何れにとっても落とせない州の1つである。9月15日、ホワイトハウスで会見したバイデン大統領は、「誰もストは望まない」としつつ、「最高益には最高の労働協約を」との表現でビッグ3側に賃上げを促した。

また、ドナルド・トランプ前大統領は、9月27日に予定される第2回の共和党候補者討論会を欠席、デトロイトで自動車労働者向けの演説を行うと報じられている。さらに、大統領候補のマイク・ペンス前副大統領も、CNNのインタビューで「労組を支持する」と明言した。

ちなみに、米国の総就業者に占める労働組合加入者は10.6%であり、これを超えたのは19州あった。このうち、ミシガンを含め16州は前回の大統領選挙でバイデン大統領が勝利した州だ(図表3)。



同大統領が自らを「米国の歴史で最も労働組合を大事にする大統領」と言い切る理由は、誰が自分を勝たせたかを意識しているからだろう。

賃金と物価のスパイラル

UAWとビッグ3の争議の背景は、インフレと共にEVと言える。今年前半、米国で販売されたEVの新車は60万台に迫り、年間では初めて100万台を超える可能性が強い(図表4)。



新車販売に占める比率は7%程度とまだ大きくはないが、バイデン政権はEVシフトを環境政策の中心に据えている。

ちなみに、昨年、EVの販売台数は76万2千台であり、その3分の2に相当する51万台はテスラ製だった。同社には組合がない。ビッグ3の経営者がテスラや世界の強豪とEVで闘うための体力を重視する一方、労組側はEVシフトによる雇用の不安定化を懸念しているのだろう。この溝が容易に埋るとは考え難く、トランプ前大統領はバイデン政権によるEVシフトを厳しく批判している。

いずれにしても、世論、そして政治の後押しを受けているだけに、今回の争議でUAW側が簡単に妥協するとは思えない。ビッグ3側が組合の要求である4年で36%の賃上げを受け入れない場合、ストライキは長期化するだろう。

さらに、UAWの強気の根底には、米国経済が依然として深刻な人手不足に直面している事情があるのではないか。9月19、20日のFOMCでFRBは利上げを見送ったものの、賃上げを背景とした4%程度の物価の上昇は今後も続く可能性が強い。ストライキの結果として、UAWが満足な結果を得た場合ば、米国の賃上げは新たなラウンドに突入するだろう。賃金と物価のスパイラルは今後も続くことが予想される。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


円安とインフレの悪循環

米国大統領選挙 アップデート②

岸田政権による次の重点政策

東京はアジアの金融ハブになれるか?

米国の長期金利に上昇余地

新たな中東情勢下での原油価格の行方