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- 米中貿易協議の注意点
5月10、11日、ジュネーブでの閣僚級協議で、米中両国は通商問題に関し暫定合意に達した。今回の協議は、双方に歩み寄る理由があったと言える。米国の場合、景気への不透明感から金融市場が不安定化した上、農作物の輸出、希少金属の調達などで懸念が大きい。ただし、米国の対中暫定追加関税率は30%と依然極めて高く、90日間で中国との交渉が決着するかも不透明だ。
■ それでも残る極端な高関税率
米中両国の暫定合意は、共に115%の報復関税を撤廃、米国の対中関税率を合成麻薬鎮痛剤フェンタニルの製造に関する制裁としての20%、それに相互関税34%を加えた54%、中国の対米関税率は米国の相互関税と同水準の34%に戻すことが基本だ。その上で、90日の協議期間中は、双方が24%分を停止、米国の対中関税率は30%、中国の対米関税率は10%とされた。
仮にフェンタニルに関する中国の対策を米国が受け入れ、20%の制裁関税を止めるとしても、交渉で新たな合意がなければ、米国の対中追加関税率、中国の対米関税率は共に34%になる。フェンタニル問題で合意がない場合、米国の対中関税は54%だ。145%と比べかなり低い印象だが、冷静に考えると依然として高率と言える。
■ 中国側の事情
通商協議に先立つ5月9日、中国税関総署は4月の貿易統計を発表、財・サービスの対米輸出は21.0%の減少だった(図表1)。1-3月は前年同期比4.5%の増加なので、4月9日に導入された相互関税の影響が数字に表れたと言えよう。
成長が鈍化する中国にとり、米国との通商戦争は新たな重荷に他ならない。ただし、これまで強気の姿勢を崩さなかった理由の一つは、輸出先の分散化を進めてきたことではないか。今年4月までの直近12ヶ月間、全輸出額に占める米国の比率は14.3%だった(図表2)。新型コロナ禍前は17~20%程度で推移しており、米国の代替としてASEAN、EUなどへの輸出を強化してきた。
ただし、過剰供給能力を抱える中国の輸出は、米国以外の国・地域でも問題視されている。昨年10月29日、EU委員会は中国製EVに関し、国の補助金で競争を歪めているとして、従来の10%に7.8~35.3%の追加関税を課すことを決めた。
また、昨年、中国への外国からの直接投資は辛うじて1億8,600万ドルの流入超過だったが、四半期ベースだと、4-6月期、7-9月期に計2億6,600万ドルの流出超過だった(図表3)。経済成長を維持する上で、外資系企業の投資による技術革新は極めて重要だ。通商戦争の下、米国企業による対中直接投資がこれ以上細る事態は、習近平政権としても避けたいところだろう。
■ 米国が直面するインフレ以外の弱点
米国において、対中通商戦争の影響を強く受けているのが農業ではないか。2022年に過去最大の381億ドルを記録した米国の対中農作物輸出額は、昨年、247億ドルへ減少した(図表4)。対中関税が大幅に引き上げられた今年4月以降はさらに状況が悪化した模様だ。農村地帯は伝統的に共和党の支持層が多く、トランプ政権としても農業従事者の苦境は無視できないだろう。
また、中国との通商戦争を戦う上で、米国にとってもう一つの大きなハンディキャップは、レアアース、レアメタルではないか。米国地質調査所(USGS)によれば、昨年、世界で産出されたレアアースのうち、68.5%が中国産だった(図表5)。レアメタルの多くについても、中国が世界有数の産地であり、確認された埋蔵量も最大になっている。
2023年8月1日以降、米国による実質的な対中制裁に対抗して、中国はレアメタル、レアアースに関する輸出管理を強化してきた(図表6)。再選されたドナルド・トランプ大統領が就任、主な通商相手へ関税による実質的な制裁措置を講じるなか、習近平政権は、今年2月4日と4月4日、輸出管理を厳格化する品目を大幅に増やしている。
米国は、多くのレアメタル、レアアースに関し、依然、中国への依存度が高い(図表7)。これらの希少金属類は、トランプ大統領が重視する製造業強化には欠かせない戦略物資であり、調達の多様化は米国にとり喫緊の課題と言える。ただし、それは一朝一夕に実現できることではなく、当面、中国からの調達に依存せざるを得ないだろう
■ リスクが消えたわけではない
米中両国の通商協議は、チキンレースの様相を呈していた。国内世論もあって簡単に譲歩できないものの、本音は早期の合意により、鉾を収めるタイミングを探っていた可能性は否定できない。
今回の交渉に関しては、中国が一方的に押し込まれているわけではないようだ。むしろ、トランプ大統領が協議へ向け中国に秋波を送っていた印象が強い。想定以上に厳しいマーケットの反応を受け、軌道修正を余儀なくされたと見られる。
特に重要なのは、トランプ大統領が早期のレームダック化を避ける条件として、来年11月の中間選挙で共和党が連邦上下両院の過半数を維持する必要があることだろう。そのためにも、物価の抑制と景気の安定は重要であり、中国との交渉を急がざるを得なかったのではないか。
一方、中国は、トランプ大統領が市場の激しい反発に直面していることから、米国側が歩み寄るタイミングを待っていた可能性がある。それが、ジュネーブで閣僚クラスの協議が行われた背景だろう。
90日間の交渉については予断を許さない。また、トランプ大統領は各国・地域からの全輸入品に対し10%の基礎的関税を継続する意向を示しており、対中交渉で進展がなければ、中国からの輸入品に54%の関税が課される可能性もある。米国のインフレと景気後退のリスク、そして世界の通商が縮小することへの懸念が消えたわけではない。
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