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相互関税にはドル高が必要
市川 眞一
2025/07/31

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概要

FRBは7月29、30日のFOMCで政策金利を据え置いた。ドナルド・トランプ大統領による厳しい要求にも関わらず、ジェローム・パウエル議長を中心に多数派が慎重姿勢を崩さないのは、ドル相場に与える影響を考慮していることが一因ではないか。トランプ政権の関税政策によるインフレ圧力を緩和する上では、ドル高が望ましい。ドル安要因となり得る利下げへのハードルは高いだろう。



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■ 水準が切り上がった期待インフレ率

トランプ政権は、英国、ベトナム、インドネシア、日本、EUと貿易交渉で合意した。相互関税の税率が当初の発表より低水準で決着、物価を含めた米国経済への影響には楽観論も台頭している。


もっとも、これまでは1-3月までに駆け込みで輸入された在庫が取り崩され、高い関税率の影響が緩和されてきた。今後は4月以降に輸入された物品が市場に投入される見込みで、インフレ圧力が徐々に強まることが想定される。


そうしたなか、短期金利の指標である担保付翌日物調達金利(SOFR)とそのターム物の先物利回りのスプレッドは潰れており、市場は利下げの可能性を殆ど織り込んでいないようだ(図表1)。また、2年国債とインフレ連動債の利回りから算出した市場が織り込む期待インフレ率は、トランプ大統領が相互関税を一時的に発動した4月9日、3.32%へと上昇した(図表2)。足下は2.69%へ低下しているものの、2010年代と比べ、平均的な水準が切り上がっている。



新型コロナ禍以降、国際社会の分断は、米国経済のコストを押し上げてきた。さらに、トランプ政権の関税政策がそれに拍車を掛けているからだろう。


■ ドル安のもたらすインフレ圧力

トランプ大統領の厳しい要求にも関わらず、FRBの多数意見が政策金利の据え置きなのは、為替への影響を意識していることが一因ではないか。例えば、日本からの輸出の場合、単純に考えるとドル高・円安になれば、日本の輸出事業者の受け取り分、そして米国における関税込みの輸入価格を変えることなく、米国の輸入事業者は関税を納税することができる。つまり、ドル高により、輸出側、輸入側双方にとり米国の関税が相殺されるのだ。


ただし、日本にとって円安は輸入コストが上がるため、国内の物価への上昇圧力が高まる可能性は否定でない。つまり、「関税+ドル高」の組み合わせは、米国が自国のインフレ圧力を輸出国・地域に押し付ける手段と言えるのではないか。


もっとも、肝心のドルは、トランプ大統領の就任以降、主要通貨に対して軒並み下落した(図表3)。これだと、輸出側の企業が大幅な値下げをするか、米国の輸入企業が利益を削らない限り、米国のインフレ圧力は強まることになるだろう。


トランプ大統領に近いと言われるミシェル・ボウマン副議長、クリストファー・ウォラー理事を除くFOMCメンバーの多数派は、利下げを行った場合、ドルがさらに下落、関税のインフレ効果を増幅する可能性を懸念していると考えられる。この点について、トランプ大統領は理解に至っていないようだ。

これから夏休みシーズンに入るため、不測の事態が起こらない限り、次のFOMCは1ヶ月半後の9月16、17日に開催される(図表4)。それまでの間に雇用統計、消費者物価が各2回、個人消費支出は1回発表される。パウエル議長の下、入手される指標を重視するFRBは、これらのデータ、及び為替の動きを慎重に見極めるのではないか。

また、次回のFOMCまでの中間地点となる8月21~23日、恒例のカンザスシティ連銀主催による『ジャクソンホール経済シンポジウム』(ジャクソンホール会議)が開催される。例年以上にパウエル議長の講演への注目度は高まるだろう。

いずれにせよ、FRBが簡単に利下げするとは考え難い。それは、金融政策の独立性を維持するだけでなく、一段のドル安を回避することで、関税のインフレ圧力を緩和する手段だからだ。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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