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「大きく美しい法律」の財源
市川 眞一
2025/07/11

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概要

独立記念日の7月4日、ドナルド・トランプ大統領は、公約を盛り込んだ「大きく美しい法案」に署名した。議会予算局(CBO)によれば、この政策の実現により、2034年までの10年間で政府債務は3兆2,533億ドル増加する見込みだ。トランプ政権の関税政策は、貿易不均衡の是正だけでなく、財源確保が目的と考えられる。課題は景気への影響、及び富の格差がさらに拡大する可能性だろう。



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■ 「大きく美しい法律」の軸は減税

トランプ大統領の公約を具体化した「大きく美しい法案」に関して、6月27日、CBOは財政に与える影響の試算を発表した(7月1日に一部修正)。それによると、2025~34年の10年間、歳入が4兆4,660億ドル減、歳出は1兆2,127億ドル減であり、政府債務は3兆2,533億ドル増加する(図表1)。特に2026~29年の4年間は、政府債務が年平均5,092億ドル増加する見込みだ。


連邦議会上院の委員会の所管に沿ったブレークダウンを見ると、財政委員会の事業について、2025~34年の歳入が4兆5,015億ドル減少するとの予測になっている(図表2)。当該10年間で個人所得税が3兆7,832億ドル、法人税は7,532億ドルの減税になるとの推計されたことが理由だ。政治から独立した専門家集団であるCBOの分析を見る限り、「大きく美しい法律」は、基本的に減税を実現するための枠組みと言えるだろう。


■ 財源となる関税税収



大型減税を実現するに当たり、問題となるのは財源だ。トランプ大統領は、これに対して2つの施策を用意していたと考えられる。その1つは、イーロン・マスク氏に託した政府効率化省(DOGE)だ。


もっとも、DOGEによる歳出削減目標は、当初、1年半で2兆ドルとされていたが、政権発足直前には1兆ドルへ実質的に減額され、実際は1,500億ドル程度に止まっている。結局、マスク氏はトランプ大統領と仲違いし、政権を離れた。

もう1つの、より現実的な財源は関税だろう。5月の関税税収は222億ドルに達し、2023~24年の月間平均に対して3.4倍になった(図表3)。


トランプ大統領による関税政策の着地は依然として不透明だ。それでも、10%の基礎的関税に加え、鉄・アルミに50%、自動車・部品に25%の個別関税が継続された場合、税収が年間3,500~4,000億ドル程度に達する可能性は否定できない。


6月4日、民主党のチャック・シューマー上院院内総務などによる諮問に回答、CBOは関税政策により、財政赤字は10年間で計2兆8千億ドル減少するとの試算を示した。これは、「大きく美しい法律」による政府債務の想定増加額の90%近くに相当する。同法案の成立後、米国の国債市場が概ね落ち着いているのは、市場が関税の税収による相殺効果を見込んでいるからではないか。


問題は関税が景気に与える影響だ。関税は輸入国の事業者が納税義務者である。輸出した企業側の値引きには限界があり、米国国内で短期間に代替品を生産するのも難しい。結局、米国の輸入事業者が払った関税の相当部分が価格転嫁され、消費者の負担になると見られる。それが米国の消費を落ち込ませ、スタグフレーションになれば、税収は想定以上に減少するだろう。

また、高率の関税は新たな連邦間接税の導入に等しく、負担の偏りが大きい。

ハワード・ラトニック商務長官は、就任前、1913年に合衆国憲法修正第16条が制定され、所得税が制度化される以前、関税が米国の税収の50~90%程度を賄っていたと繰り返していた。歴史を振り返ると、同長官のこの指摘は正しい(図表4)。

関税の税収を個人所得税や法人税の減税に充てれば、「大きく美しい法律」が財政に与える影響は軽減できるだろう。ただし、一般に減税の恩恵が大きいのは高額所得者層と大企業だ。負担が増える中低所得者層との格差が拡大し、米国社会の分断がさらに深まる可能性は否定できない。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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