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米国の雇用は本当に弱いのか?
市川 眞一
2025/08/07

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概要

7月の米国雇用統計により市場は大きく動揺、9月の利下げ観測が強まっている。ドナルド・トランプ大統領の指示で、労働省のエリカ・マッケンターファー統計局長が解任されたことも衝撃となった。ただし、失業率は4.2%と歴史的な低水準で推移、平均時給上昇率も前年同月比3.9%と高水準だ。非農業雇用者数の伸び鈍化は、必ずしも労働市場の悪化を示していない可能性がある。



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■ 低失業率、高賃上げ率

マッケンターファー局長が解任されたのは、5月の12万人に続き、6月の非農業雇用者数が確報段階で速報値から13万3千人下方修正されたことが理由のようだ。7月は速報ベースで7万3千人増のため、直近3ヶ月の平均は3万5千人の増加に止まった。トランプ大統領は、ジョー・バイデン前大統領により指名された同局長により、統計が意図的に操作されたとの認識を示している。


もっとも、7月の雇用統計では、失業率が4.2%に止まった(図表1)。前月より0.1%ポイント上昇したとは言え、依然、歴史的な低水準だ。


また、雇用統計に先立ち、7月29日に発表された6月の求人及び転職統計(JOLT)によると、求人数は747万3千人であり、求人倍率は1.06倍で依然1倍を上回っている(図表2)。人手不足状態が続いていることで、雇用統計における7月の平均時給上昇率は前年同月比3.9%だった。



新型コロナ禍とその反動期における異常値を除けば、失業率、求人数、求人倍率、平均時給上昇率はいずれも雇用が強い状況であることを示している。非農業雇用者数のみで米国の労働市場の状況を判断するのは危険なのではないか。


なお、大統領選挙を控えた昨年1-10月、非農業雇用者数は、速報値の平均が19万7千人増、確報値は5万4千人少ない14万3千人増だった。昨年6月は11万9千人の下方修正だ。速報性を重視、集計途中で発表することが誤差の背景と見られ、政治的な意図が働いたとは考え難い。

■ 「9月利下げ」を見込むのは時期尚早


非農業雇用者数が伸び悩む一方、失業率が低水準なのは、労働供給が細っているからだろう。それには、2つの理由があるのではないか。


1つ目の理由は、高齢化だ。2000年代初頭まで、非労働力人口比率は33~34%で推移していた(図表3)。それが、リーマンショック以降上昇へ転じ、新型コロナ禍を経て現在は37.8%になっている。増加するシニア層が早期退職し、労働市場へ戻らないことが、労働供給の制約要因になった。


2つ目の理由は、移民政策だ。米国の実質GDPは移民人口と並行して増加していた(図表4)。合法、不法に関わらず、移民が労働参加、消費することで、米国経済が成長してきた感は否めない。

第1次トランプ政権が不法移民を厳しく取り締まった上、新型コロナ禍で入国が制限され、米国は深刻な人手不足に陥ったのである。バイデン前政権の下で再び多くの移民が流入、実質GDPと移民人口のギャップは縮小した。しかし、再登板したトランプ大統領は国境管理を強化、不法滞在者の強制送還に乗り出している。結果として、今後、人手不足が再び顕在化する可能性が強まった。

労働力人口の供給が細れば、非農業雇用者数の伸びが鈍化する一方、求人数が高止まりし、低失業率、高賃上げ率の状態が続くだろう。今の米国経済は、そうした状況にあると見られる。それは、非農業雇用者数の増減が雇用の強弱を示したこれまでとは異なる環境と言えるのではないか。

つまり、非農業雇用者数だけに注目すると、米国経済の現状を見誤る可能性がある。また、今後、トランプ関税が物価に影響すると見られ、ドル安になればさらにインフレ圧力が強まりかねない。

もちろん、物価が上がらず、さらに弱い雇用指標が続けば、9月16、17日に開催されるFOMCで利下げが検討されるだろう。ただし、現時点でそれを既定路線と考えるのは、時期尚早と言えそうだ。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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