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相互関税は本当に実現可能なのか!?
市川 眞一
2025/07/18

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概要

ドナルド・トランプ大統領は、7月7日以降、断続的に相互関税の新たな税率を発表し、8月1日より課税するとしている。ただし、この税率を適用した場合、関税税収は9,000億ドルを超え、2024年実績の10倍以上になるだろう。一部は輸出側の企業が値引きするとしても、かなりの部分は米国の消費者負担となる見込みだ。大幅増税の実現は難しく、結局、交渉ための武器なのではないか。



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■ 市場の見方は楽観的

米国財務省によれば、6月の関税税収は271億5,458万ドルに達し、5月の221億7,256億ドルからさらに拡大した(図表1)。昨年の月間平均65億7,642万ドルに比べ4.1倍に膨らんだのは、トランプ大統領による関税政策の影響である。


今年1-3月、新たな関税課税前の駆け込みにより、米国の輸入総額は前年同期比22.7%増の1兆2,228億ドルだった。この在庫の取り崩しにより、これまでのところ、新たな関税が物価に与える影響は限定的だったと考えられる。


しかし、6月の消費物価統計では、総合指数が市場予想の前年同月比2.6%を0.1%ポイント上回る2.7%上昇、コア指数は市場予想通りの2.9%上昇になった(図表2)。4月の同2.3%を底として、総合指数は2ヶ月連続の上昇率拡大である。



内訳を見ると、エネルギー関連を除く財の寄与度が+0.2%ポイントになり、コア指数を小幅ながら押し上げた。今後、1-3月中に蓄えた在庫が取り崩され、関税の価格転嫁が始まれば、米国のインフレはさらに加速する可能性が強い。この点に関し、市場の見方は楽観的過ぎるのではないか。


■ 交渉次第でトランプ大統領が苦境へ

トランプ大統領は、7月7日以降、8月1日から適用するとした新たな相互関税の税率を断続的に発表している(図表3)。17日現在、その数は25ヶ国・地域に達したが、このうち米国との貿易協定に至ったのはインドネシアのみだ。2024年の輸入額を使い、当該25ヶ国・地域からの輸入品に発表通りの税率で課税(中国は暫定税率の30%を適用)、他の国・地域からの輸入品にはベースラインとして10%の関税を課す場合、年間の関税税収は合計で9,000億ドルを超える(図表4)。2024年度の関税総額は814億ドルなので、10倍以上に達するわけだ。


米国市場での競争力維持のため、輸出事業者による関税分の一部値引きが想定されるものの、それには限界があるのではないか。また、代替品を米国国内において全て調達するのは困難と見られ、輸入に頼る状況が続く可能性は強い。納税義務者である米国の輸入事業者が払った関税は、結局、そのかなりの部分が消費者に転嫁されよう。


5月の輸入額は、前年同月比3.3%増の3,505億ドルだった。トランプ関税にも関わらず、輸入額が平時のペースに戻っていることから、在庫の取り崩しが終われば、価格転嫁による物価の押し上げが始まると想定される。消費者物価上昇率は、さらに拡大する可能性が強い。


仮に9,000億ドル近い関税税収となれば、消費者物価上昇率は4%ポイント程度押し上げられるだろう。それは、米国の消費者にとって極めて重い負担であり、現実的な水準とは考え難い。つまり、トランプ大統領の関税政策は、あくまで通商交渉を優位に進めるための武器なのではないか。

新たな税率の発表により、同大統領は、7月9日に設定されていた相互関税の再課税時期を8月1日まで実質的に延長した。日本、EUなど主要な交渉相手が、簡単に折れないからだろう。

トランプ大統領にとり最善のシナリオは、相手国が関税を恐れて大きく譲歩することだ。一方、最悪のケースは、相手国が簡単に妥協せず、交渉が時間切れになり、高率の関税を発動せざるを得ないケースと想定される。つまり、主要国・地域が暗黙の協調で交渉を長引かせる場合、トランプ大統領が窮地に陥る可能性は否定できない。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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