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マイナス金利解除後の金融政策
市川 眞一
2024/03/01

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概要

FRBの2023年決算は巨額の実質赤字となった。利上げに連動して超過準備の付利金利を引き上げたからだ。日銀は早ければ3月の政策決定会合でマイナス金利を解除すると見られる。ただし、その後も政策金利は低水準に据え置かれるだろう。付利金利引き上げが日銀の財務に与える影響はFRBよりも大きい上、国債の消化が困難になり、長期金利の急騰を招く可能性があるからだ。



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■ 巨額の実質赤字を計上したFRB

速報によれば、2023年におけるFRBの収入に対する費用の超過額は1,143億ドルに達した。インフレ対策としてのFFレートの引き上げに伴い、市中銀行がFRBに預け入れしている超過準備の付利金利を引き上げたことが要因だ(図表1)。

新型コロナ禍の下、FRBは金融緩和の一環として米国国債などを買い入れ、市場に流動性を供給した。それに伴い、市中銀行がFRBに預ける超過準備が膨張、金融緩和からの出口戦略を実施した昨年、短期金利に連動する付利金利の支払いが2,811億ドルに達したのである。一方、低金利下で買い入れた有価証券からの受取利息が1,638億ドルに止まったことで、逆鞘状態に陥ったのだ。FRBは1,143億ドルの繰り延べ資産を計上、長期的に損失を償却することで、実質的な会計上の債務超過に陥る事態を回避した。



■ ”too big to change”


日銀が資産として保有する長期国債は、1月末現在、簿価ベースで592兆9,817億円だった(図表3)。2013年4月3、4日の政策決定会合で採用した量的・質的緩和政策により、発行済残高の54%に相当する国債を中央銀行が保有している。

一方、保有国債の膨張に連動して、日銀の当座預金には市中銀行などによる超過準備が積み上がった。その残高は、保有国債の90.5%に相当536兆7,560億円に達する。ちなみに、FRBの場合、超過準備は保有有価証券の49.8%だ。この点は日米中央銀行の大きな違いにほかならない。日銀の場合、量的緩和として供給したマネタリーベースがほぼ超過準備として日銀に残っており、金融政策が期初の想定通りに機能しなかったことを示している。それでも、方向転換ができず、バランスシートがGDPの128%へと膨らんだ。FRBの場合、資産規模は米国のGDPの27%に過ぎない。

当座預金残高のうち、1月末現在、512兆370億円が付利の対象になっている。内訳は、0.1%のプラス金利適用分が全体の40.2%に相当する205兆9,950億円、ゼロ金利適用分が54.8%の280兆7,320億円、そしてマイナス金利適用分は4.9%の25兆3,100億円だ(図表4)。

日銀は3月18、19日、もしくは4月25、26日の政策決定会合でマイナス金利を解除する可能性が強い。ただし、問題はその後ではないか。FRBやECBのように段階的に政策金利を引き上げる場合、当然、付利金利も引き上げなければならない。





2023年9月中間期の段階で、日銀が保有する長期国債の運用利回りは0.276%だった。利上げに連動して付利金利が上昇した場合、かなり早い段階で逆鞘となることが想定される。日銀は付利対象当座預金残高が保有長期国債の9割に達しているため、逆鞘が損益に与えるインパクトがFRBよりもさらに大きくなる可能性があるだろう。

また、利上げ期にイールドカーブ・コントロール(YCC)を継続すれば、金融引き締め期にも関わらず、日銀のバランスシートはさらなる膨張が避けられない。一方、YCCを止めれば、長期国債の買い手が不在となることが懸念される。この点は、市場を通じて金利が形成され、利上げ期においても買い手がいた米国国債との大きな相違だ。

日銀は”too big to change(政策変更には金融緩和の規模が大き過ぎる)”状態へ至っているのではないか。マイナス金利解除後、市場を「金利のある世界」へ誘導する道は平坦ではなさそうだ。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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