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小休止する米国のインフレ
市川 眞一
2024/03/08

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概要

米国の消費者物価指数(CPI)は、1月、前年同月比3.1%上昇した。歴史的な人手不足により高水準の賃上げが続いていることから、構造的なインフレ局面が終わったわけではないだろう。ただし、原油を中心にエネルギー価格の寄与度がマイナスになり、当面、CPIの上昇率は3±0.5%程度で推移すると見られる。それは、FRBにとって、年央以降に利下げを行う根拠になるのではないか。



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■ オイルロンダリング

米国のCPI上昇率の直近におけるピークは、2022年6月の前年同月比9.1%だ。この時はエネルギーの寄与度が3.0%ポイント、食品が1.4%ポイントだった(図表1)。新型コロナ禍から経済が正常化する過程でサプライチェーンにボトルネックが生じた上、ロシアによるウクライナ侵攻が原油、天然ガス、穀物などの価格を押し上げた結果である。

今年1月、エネルギーの寄与度は▲0.3%ポイント、食品は0.3%ポイントになった。食品は世界的な天候不順もあり、依然としてインフレの要因となっている。一方、エネルギーは、ウクライナ戦争が続くものの、時間の経過と共に需給関係への懸念が薄れた。背景は、西側諸国とロシアの対立を前提とした新たなサプライチェーンの確立と言える。



ロシア産原油の価格は、ウクライナへの侵攻以降、西側諸国による制裁で中東産原油と大きな価格差が生じた(図表2)。一方、対ロ制裁に参加していない中国、インド、トルコなどは割安なロシア産原油を積極的に輸入している。その一部は精油後に西側諸国へ輸出され、「マネーロンダリング」ならぬ「オイルロンダリング」も行われている模様だ。


国際エネルギー機関(IEA)にれば、ロシアの持続可能な原油の生産水準は日量1,000万bblである(図表3)。OPEC+の参加国として自主減産しているものの、それでも1月の生産量は950万bblに達した。西側の制裁にも関わらずフル稼働に近い状況なのは、割安感が需要を掘り起こしているからではないか。ウクライナへの侵攻を継続するための財政的な基盤は、現在もエネルギーの輸出によって支えられていると考えられる。

■ 利下げは年央以降に年内2、3回

中東最大の産油国であるサウジアラビアは、持続可能な生産量1,220万bblに対し、1月の生産量は890万bblに止まった。中国の景気減速により需要が伸びないなか、ロシア産原油にシェアを奪われていることが背景と見られる。結果として、OPEC全体の供給余力は日量490万bblに達した。

一方、近年、最も需要が伸びていた中国経済の減速を背景に、当分、原油の世界的な需給バランスが大きく崩れることはなさそうだ。主要産油国は減産を実施しているものの、価格の下支えが精一杯であり、持続的な値上がりは考え難い。





原油価格の動向は、米国の消費者物価統計におけるエネルギー指数の水準に大きく影響してきた(図表4)。原油、天然ガスの価格が安定するなか、足下、米国の消費者物価を押し上げているのは主に賃金だ。賃金インフレの場合、実質賃金の伸びがプラスとなる可能性が強い。ほとんどの企業の人件費は売上高よりも小さいため、賃金上昇分が全て価格転嫁されたとしても、販価の値上がり率は賃上げ率には届かないからである。

米国のCPIに対するエネルギーの寄与度は、今後、若干のプラスとなることもあるだろう。ただし、何かの突発的な事件が起こらない限り、原油や天然ガスの市況がインフレを加速させることはなさそうだ。結果として、米国の消費者物価上昇率は、3±0.5%程度のレンジを推移するのではないか。

賃上げ率が4%台を維持するなかで、FRBが尺度とするコア個人消費支出物価上昇率が、目標の2%へと縮小するシナリオは描き難い。それでも、エネルギー価格の安定によりインフレが小休止するなか、2024年は年央以降に25bpずつ2、3回の利下げが行われるだろう。

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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