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通貨価値への不透明感と金
市川 眞一
2024/03/22

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概要

金の価格が史上最高値圏にある。背景には通貨価値の下落、即ちインフレのリスクに対するヘッジの意味があるのではないか。国際社会の分断が進み、ヒト・モノ・カネの移動が滞ると、資源の最適配分が進まずインフレになり易い。金は利子・配当がなく金融資産としては扱い難い一方、希少性、強度、耐久性、美しさ、ポータビリティから、古代より価値を維持する手段として重宝されてきた。



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■ 国際情勢が動かす金価格

金及びビットコインの価格が史上最高値圏にある(図表1)。これは、既存通貨に対する信認が揺らぎつつあることを意味するのかもしれない。

米ソ両超大国が覇権を争っていた1960~80年代、世界はインフレの時代だった。分断はヒト、モノ、カネの移動を阻害するため、資源の効率的な配分が進まず、基本的に高コストになりがちだ。さらに、大規模な地域紛争や資源の争奪戦が物価を押し上げる要因だったと言えよう。



1991年12月25日、ミハイル・ゴルバチョフ大統領(当時)が旧ソ連の崩壊を宣言、東西冷戦が終結すると、日米欧の西側諸国は競うように新興国へ投資を行った。労働コストが安く、教育水準の高い人材が豊富に確保できたからだ。その結果、中国やメキシコ、ASEAN諸国が急速な工業化を遂げ、世界の工場になることで、先進国の物価を抑制する要因になった。米国主導のグローバリゼーションの時代は、ヒト、モノ、カネの移動に関する自由度が格段に高まり、地球規模で資源の最適配分が行われたと言えるだろう。


1961~90年と1991~2020年の日本、米国、英国、ドイツにおける年平均の消費者物価上昇率には、いずれの国でも大きな差が生じていた(図表2)。それは、分断の時代か、それともグローバリゼーションの時代か、国際的な政治情勢が経済構造に大きく影響したことが要因と考えられる。金の価格は、それを如実に反映していた。

■ インフレへのリスクヘッジ

ドルベースでの金の価格の推移を見ると、1971年8月のニクソンショックによりドルが実質的な変動相場制へ移行して以降、金はインフレ率を上回るパフォーマンスを示している(図表3)。特に、第1次、第2次石油危機によるハイパーインフレ期に、金は大幅に上昇してヘッジ機能を果たした。その後、世界的な物価安定の下で金価格も20年以上に亘る調整期に入ったが、リーマンショック辺りから再び顕著な上昇トレンドとなったのは、FRBによる大胆な金融緩和が、将来的にインフレをもたらす可能性を意識した動きと見ることも可能だ。

金のインフレヘッジ機能は、日本経済においても如何なく発揮されてきた。第1次、第2次石油危機の時期は米国と同様だが、より特筆されるのは戦後のハイパーインフレの局面に他ならない。戦時公債が紙屑化するなか、金は物価の上昇を完全にカバーしている(図表4)。また、円建ての金価格は、2013年からの日銀による量的・質的緩和の下、長期的に顕著な上昇トレンドに入った。これまでの金価格の推移を振り返えると、市場の先見性が如実に示されていると言えるのではないか。





そうした観点から足下における金の最高値更新を考えた場合、国際社会の分断が続くなか、インフレの長期化を示唆していると考えられる。

ニクソンショックにより、金はドルを通じた国際通貨価値のアンカーとしての役割を終え、普通のコモディティになったはずだ。もっとも、紀元前7~6世紀、小アジアのリディア王国(現在のトルコ)で最初の金貨が鋳造されて以降、2,700年に亘って続いてきた人間社会における金の特別な役割は、簡単に覆せるものではないのだろう。

金の上昇は、市場の潜在意識として、分断によるインフレ時代へのヘッジの必要性を象徴しているようだ。足下の株価上昇も、通貨価値の下落の一側面と考えれば、より説明がし易いのかもしれない。

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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