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円安とインフレの悪循環
市川 眞一
2024/04/26

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概要

日本の低金利に起因する円安が続いている。為替介入が実施されたとしても、効果は短期に止まるだろう。一方、円安は輸入物価の上昇を通じてインフレ圧力となる可能性が強い。政府が実施してきた『電力・ガス価格激変緩和事業』が5月で打ち切られることもあり、物価上昇率は高止まりが想定される。日銀が出口戦略を加速させない限り、円安とインフレの悪循環を断ち切るのは難しい。



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■ 円安と物価

日銀が4月10日に発表した3月の国内企業物価指数は、前年同月比0.8%の上昇だった(図表1)。新型コロナ期以降に見られたサプライチェーンのボトルネックが解消され、安定化の方向にあったが、今年に入り上昇ペースに加速の兆候がある。

資源・原材料の多くを輸入に依存する日本は、企業物価全体に占める輸入品のウェートが18.9%に達し、為替が物価全般に及ぼす影響は無視できない。過去の例では、実効為替レートの変動が、輸入物価の動きに大きく作用してきた(図表2)。



足下、契約通貨ベースだと輸入物価は前年同月比6.9%低下している。他方、円ベースだと1.4%上昇しているのは、明らかに円安の影響だ。


輸入物価に対する通貨別のウェートは、昨年12月の時点で円が30.3%に止まるのに対し、米ドルは64.4%に達していた。1992年の82.2%に比べて長期的な低下傾向にはあるものの、依然、ドル建ての取引は円を含め他の通貨を凌駕している。

1990年代に入り、円高・ドル安はデフレの主因とも言われてきた。2012年12月に発足した第2次安倍政権がアベノミクスの主軸に金融政策を据えたのは、デフレ脱却へ向け金融緩和の効果による円高の是正に期待したからだろう。

ただし、通貨の持続的な下落は構造的なインフレの温床になりかねない。第一次大戦後のドイツ、終戦直後の日本、1980年代のアルゼンチン、そして最近のトルコは、悪い意味での好例と言える。

■”too big to change”

今夏に向け、円安以外に物価を押し上げる明確な要因がもう1つある。それは、『電力・ガス価格激変緩和対策事業』の終了だ。岸田政権による同事業により、2023年1月から8月使用分については、電力の場合1kWh当たり7.0円の補助金が給付されていた。その結果、2023年9月には、電気代の消費者物価全体に対する寄与度は▲0.8%ポイントに達している(図表3)。

燃料価格が落ち着いたことから、2023年9月使用分より支給額は3.5円/kWhに半減した。さらに、この5月使用分(6月検針分)は経過措置として1.8円になり、6月以降、当該対策は廃止される。結果として、電気代、ガス代の消費者物価に対する寄与度は今年後半にプラスになるだろう。円安が燃料の輸入価格を押し上げた場合、そのインパクトがさらに大きくなる可能性は否定できない。

新型コロナ期を通じて起こった日本経済の変化の1つは、企業による価格転嫁ではないか。少なくともコスト上昇分の一部が販売価格に上乗せされるようになった結果、消費税率引き上げの影響を除き、バブル崩壊以降で初めて消費者物価上昇率が3%台に乗せた(図表4)。円安により輸入物価が上昇した場合、企業の価格転嫁を通じて、消費者物価の上昇圧力がさらに強まるだろう。

「賃金と物価の好循環」ではなく、「円安とインフレの悪循環」に対し、最も有効な抑止策は日銀による利上げと考えられる。ただし、量的・質的緩和を11年に亘って継続してきたツケは大きく、日銀のバランスシートは”too big to change”の状況だ。

出口戦略を進めれば、住宅ローン金利の急上昇、国債利払い費の急増、日銀のキャッシュフローの急激な悪化など、強い副作用を伴いかねない。そうした副作用を考えた場合、日銀には大胆な政策転換は難しいだろう。今夏へ向け、円安とインフレの加速を念頭に入れるべきではないか。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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