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- 人件費が示す生産性改善の予兆
厚労相による目安の提示を受け、47都道府県の最低賃金委員会は2024年度の最低賃金を提示した。これまで、最低賃金の引き上げが、必ずしも賃金の底上げに寄与してきたわけではない。ただし、構造的な人手不足による人件費の増加は、生産性の低い企業の淘汰を促し、産業の新陳代謝が進む要因となる可能性がある。超低金利の修正と賃上げは、生産性改善の第一歩だ。
■ 進まなかった賃金の底上げ
8月29日、厚労省は10月から適用される47都道府県の最低賃金を公表した。全国加重平均は1,055円で、厚労相の諮問機関である中央最低賃金審議会が示した目安を1円上回っている(図表1)。徳島県が目安から34円上積みするなど、地域間の競争が目立った。人材がさらに賃金の高い都市部へ流出すれば、人手不足と消費不足が深刻化する事態への危機感が背景だろう。
もっとも、これまで、最低賃金の引き上げが賃金全般の底上げに貢献したとは言い難い。総務省の家計調査によれば、所得10分位で最も所得の低い第1階級の場合、2023年における世帯主の勤め先収入は年収換算で217万5,672円だった(図表2)。他方、1日8時間、月間22日働くと仮定、時給を2022、2023年度の最低賃金の平均を取って982円とした場合、年収は207万3,984円になる。つまり、所得10分位の第1階級は、概ね最低賃金に近い水準での雇用と言えよう。
2023年度までの10年間、全国における最低賃金の平均上昇率は年2.8%だ。一方、第1階級の勤め先収入は年平均0.6%増であり、全階級の平均である同0.5%とほとんど差がない。パートやアルバイトなど時短労働者の時給は、人手不足の影響を反映して都市部を中心に大きく上昇している。しかし、常用雇用者の場合、少なくともこれまでは、最低賃金引上げの恩恵が、明確には表れていなかった。雇用の安定が、賃上げに優先されてきた結果と見られる。
■ 賃金が迫る経営判断
9月3日付け日本経済新聞には、『中小企業、人件費6.7%増 4-6月』との記事があった。財務省の法人企業統計によれば、2023年度、資本金10億円以上の企業(金融・保険を除く、以下同)の人件費は前期比1.4%の増加だ。一方、1億円以上10億円未満は同7.8%増、1千万円以上1億円未満は同3.0%増、1千万円以下は12.7%増加した(図表3)。当該記事は、中小企業が人材確保のため「業績改善を伴わない『防衛的賃上げ』を強いられている可能性」を指摘した。
規模別の労働分配率を見ると、資本金10億円以上の企業は47.4%だが、1千万円以上1億円以下の場合は65.3%に達した。他方、労働分配率の分母である付加価値額は、従業員1人当たりのベースで、昨年度の場合、資本金10億円以上の企業が1,589万円なのに対し、1億円以上10億円未満は861万円と半分強、1千万円以上1億円未満579万円、1千万円未満だと3分の1以下の503万円に止まっている(図表4)。人件費がさらに上昇すれば、中小企業を中心に人手不足倒産が多発する可能性は否定できない。
それは、一時的に景気の足を引っ張るだろう。しかしながら、日本経済の最大の問題の1つは、生産性の低い企業が、低金利と低賃金で生き残り、過剰供給構造が続いてきたことではないか。結果として、OECDによれば、2022年における日本の労働生産性は、加盟国の平均を22.3%下回る4万1,509ドルに止まった。この低い生産性は、潜在成長力を低下させる要因に他ならない。
日銀が出口戦略に転じ、緩やかながら金利は上昇へ向かうと想定される。さらに、人手不足による賃上げが低生産性企業の労働分配率を押し上げた場合、経営改革により生産性を上げるか、それとも事業の売却や廃業を迫られる企業が増加するだろう。それは、産業の新陳代謝であり、マクロの生産性を押し上げる要因になると考えられる。
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