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GDP1%成長の死角
市川 眞一
2025/08/21

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概要

内閣府が8月15日に発表したGDP統計によれば、4-6月期の成長率は前期比年率1.0%であり、5四半期連続のプラス成長になった。トランプ関税にも関わらず純輸出の伸びが全体を牽引、市場に安心感が広がった結果、日経平均は史上最高値を更新している。もっとも、人口動態、生産性の両面で、日本経済の潜在成長率は低下した。縮小均衡の可能性が高まっているのではないか。



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■ マイナスの下駄となる労働投入量

経済の潜在成長率は、労働投入量と資本投入量、それに全要素生産性(TFP)で決まる。このうち、労働投入量の変化は、労働時間と就業者数の増減率の合計だ。また、労働生産性の伸びは、簡易的にTFPと資本投入量によって構成される。


内閣府によれば、今年1-3月、潜在成長率は年率0.6%だった(図表1)。各要因の寄与度を見ると、労働投入量が▲0.2%ポイント、資本投入量は+0.1%ポイント、TFP+0.6%ポイントである。


2020年1-3月期に0.1%だった潜在成長率がやや回復したのは、主に労働投入量の寄与度のマイナスが、▲0.5%ポイントから▲0.2%ポイントへ縮小したことが要因だ。これは、新型コロナ禍の下で混乱した労働市場が、概ね正常化したことを意味するだろう。



ただし、潜在成長率の水準は低い。さらに、労働投入量は、今後、趨勢的な減少が見込まれる。


2001年以降、昨年まで、15~64歳の生産人口は、在留外国人を含めても年0.7%のペースで減少してきた(図表2)。また、昨年の出生数は69万人と統計開始以来で最低水準になり、合計特殊出生率は1.15へと低下した。

人口動態を短期間で変えることは難しい。唯一の選択肢とも言える在留外国人の受け入れ拡大については、7月の参議院選挙で消極的な民意が示された。労働投入量は、日本経済にとって明らかに構造的なマイナスの下駄と言えるだろう。


■ 日本株上昇の真の要因


労働投入量の減少が見込まれるなか、潜在成長率を維持する鍵は、TFPと資本投入量、即ち労働生産性が握っている。特に重要なTFPだが、日本生産性本部によれば、1990年までの10年間の伸び率が年平均1.7%だったのに対し、2023年までの10年間は0.3%にとどまった(図表3)。新型コロナ禍前の2019年までの10年間でも0.8%だ。経済規模を維持するのに十分とは言えないだろう。


ちなみに、2023年における日本の時間当たり労働生産性は、購買力平価換算ドルベースで56.8ドル、OECD加盟国38カ国中で29番目だ(図表4)。バブル崩壊以降、経済・産業構造の改革が遅れる一方、財政政策と金融政策に景気の下支えを依存したことで、生産性の相対的な改善が進まなかったと考えられる。特に雇用制度の硬直化により、他の主要国と比べ人材の流動化が進捗しなかったことが大きな問題と言えるのではないか。

つまり、日本の潜在成長率は、労働力、生産性の両面に課題を抱え、長期的な縮小均衡の圧力が生じている。ミクロベースで考えた場合、地政学的リスクの高まり、トランプ関税など不透明要因はあっても、労働力確保、市場獲得の双方の理由により、日本企業は海外生産、海外販売へ活路を見出さざるを得ないだろう。内需型産業に関しては、パイが拡大しない以上、シェアを獲得する競争力が生き残る上での鍵と言えるのではないか。

一方、縮小均衡型のマクロ環境下、国内の資金需要が趨勢的に高まるとは考え難い。国際社会の分断によるインフレ圧力が続く一方、国内の実質金利が上がり難いなかで、個人金融資産は貯蓄から投資へシフトせざるを得ないと考えられる。

4-6月のGDP統計が市場に目先の安心感をもたらしたことは事実だ。ただし、日本株上昇の真の背景は、目先の景気ではなく、構造的なインフレ観測と企業経営の変化に対する期待感だろう。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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