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米国の金融政策が直面する三重苦
市川 眞一
2025/08/29

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概要

FRBへの利下げ圧力に加え、ドナルド・トランプ大統領は、リサ・クック理事の解任を発表した。この件は法廷闘争になる見込みで、余談を許さない。ジェローム・パウエル議長は、ジャクソンホール会議で引き締め気味のスタンスからの調整による利下げの可能性を強く示唆したが、インフレへの警戒感も隠さなかった。米国の金融政策は、雇用、インフレ、政治的圧力の三重苦に直面している。



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■ 9月利下げの確率は70%

カンザスシティ連銀主催の年次経済シンポジウム(ジャクソンホール会議)において、8月22日に講演したパウエル議長は、「政策が引き締め的な領域にあることで、政策スタンスの調整が正当化される」と語った。9月16、17日に開催される次回FOMCで0.25%の利下げを示唆したと言えよう。


ニューヨーク連銀が公表しているHLWモデルによる中立金利、及び2年国債と物価連動債から算出した期待インフレ率を前提にすると、足下、FFレートの誘導水準は中立的スタンスを1%程度上回っている(図表1)。5、6月の雇用統計で非農業雇用者数が大幅に下方修正され、7月の増加幅も市場の予想を下回ったことから、パウエル議長は政策調整の必要性に言及したわけだ。


歴代16名のFRB議長のなかで、経済学者ではないのは同議長が2人目である。その特徴は、モデルよりも足下の経済指標を重視すること、市場との対話を丁寧に行うこと・・・の2つではないか。結果として、短期金利の指標である担保付翌日物調達金利(SOFR)とその先物利回りのスプレッドは、これまで、FOMC前の段階で利上げ、利下げをほぼ正確に織り込んできた(図表2)。



ジャクソンホール会議において、金融政策の方向性を明確に語るのも、パウエル議長の歴代議長と異なる点だ。率直に言って、従来、9月のFOMCでの利下げが行われる確率は40%、金利据え置きが60%と考えてきた。しかし、この講演を受け、利下げの確率を70%と想定する。


■ マーケットが直面する不透明要因

利下げを示唆する一方で、パウエル議長は、関税政策によるインフレ圧力を指摘、政策スタンスの変更を「慎重に進める」と語った。これは、大幅、連続の利下げ観測を牽制したものだろう。


7月の生産者物価は、市場予想の前月比0.2%を大きく上回る0.9%の上昇だった(図表3)。関税の影響がBtoB段階に浸透しつつあると見られ、BtoCへ波及するのは時間の問題ではないか。さらに、パウエル議長がインフレへの警戒感を隠さないのは、ドル安への懸念もあるからだろう。


大統領経済諮問委員会(CEA)委員長で、FRB理事に就任が確実なスティーブン・ミラン氏は、昨年11月に発表したレポート、いわゆる『ミラン論文』において、通貨調整によりインフレなど関税の副作用は「相殺される」と指摘していた。例えば、日本からの輸入に関して、1ドル=150円の円/ドル相場が事後的に15%円安の172.5円になると、米国で15%の相互関税が課されても、計算上、ドルによる販売価格は変わらない(図表4)。


ただし、ミラン氏は、この論文でドルが基軸通貨として過大評価されてきたと指摘、FRB理事就任後は利下げを主張する見込みだ。政策金利の低下によりドルが下落すれば、米国のインフレ圧力がより強まる可能性は否定できない。FRBは、本来、そうしたリスクも想定しなければならないだろう。

不法入国者など移民政策の厳格化により、米国では人手不足が再び顕在化した。一方、労働力人口の伸び悩みとインフレで消費失速の懸念もある。米国経済のバランスが極めて微妙な状況にあるなか、FRBは異例の政治的圧力に晒された。

トランプ政権の経済政策は、一貫性に欠ける感が強い。結果としての金融政策の三重苦は、米国経済が抱えるリスクと言えよう。クック理事の去就を含め、FRBが独立性を維持できるのか、市場が直面する大きな不透明要因と考えざるを得ない。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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