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- 金融市場に安全保障環境の影響
米国は、12月4日、新たな『国家安全保障戦略』(NSS)を発表した。欧州を厳しく批判、貿易不均衡の是正、安全保障における北大西洋条約機構(NATO)加盟国の自立を求める内容だ。また、ピート・ヘグセス国防長官は、米中貿易交渉を高く評価する一方、インド太平洋地域でも同盟国に安全保障で応分の負担を求めた。世界秩序の不安定化は、金の価格が上昇する一因だろう。
■急増するNATO加盟国の国防費
新たなNSSは、安全保障に関する米国の関与について、「我が国の利益を直接脅かす場合にのみ関心事」になるとした上で、グローバリズムと貿易自由化を「米国の経済的・軍事的優位性の基盤である中流階級と産業基盤を空洞化」させたと明確に批判している。ドナルド・トランプ大統領の米国第一主義を象徴する内容だ。
また、NATOに加盟する欧州各国に対し、「ロシアとの戦略的安定」、及び「自立し、いかなる敵対勢力にも支配されることなく、自らの防衛に主要な責任を負う」ことを求めている。ウクライナ問題でトランプ政権と意見の相違が深まる欧州の西側諸国にとり、極めて厳しい内容と言えよう。
6月25日、NATO首脳会議において、加盟国は関連経費も含め2035年までに国防費の対GDP比率を5.0%(中核的国防費3.5%、安全保障関連投資1.5%)にすることで合意した。トランプ大統領による強い求めに応じたものだ。
2022年2月にロシアがウクライナへ侵攻して以降、NATO加盟国の国防費は急拡大した(図表1)。対GDP比率で見ると、2021年の1.6%から、2025年は2.3%になると見込まれている。
国別では、ポーランドの4.5%が最も高く、リトアニア(4.0%)、ラトビア(3.7%)、エストニア(3.4%)が続いた(図表2)。ポーランドは旧ソ連の衛星国であり、ラトビア、エストニア、リトアニアは旧ソ連の一部だった。米国が欧州の安全保障への関与を低下させるなかで、ロシアによる軍事的脅威が、隣国の国防費に反映されているのではないか。
■高まる地政学的リスク下での投資
ピート・ヘグセス米国防長官は、12月6日、『レーガン国防フォーラム』の講演で、中国との関係について、両国首脳が「画期的な貿易協定に合意し、両国は力強い経済発展の道を歩み始めた」と高く評価した。また、インド太平洋地域の同盟国が、中核的国防費をNATO加盟国並みの対GDP比3.5%とすることを「楽観視している」と語っている。
10月27日、トランプ大統領の訪日に伴い行われた日米首脳会談で、高市早苗首相は2025年度中に関連予算を含め防衛費を対GDP比2%にすると約束した。高市内閣は、その実現を盛り込んだ2025年度補正予算案を国会に提出済みだ。
もっとも、ヘグセス長官の講演を聞く限り、米国がそれで満足するとは考え難い。2023年以降、国内防衛産業の中核である三菱重工、川崎重工の株価がTOPIXを大きくアウトパフォームしているのは、一段の防衛費の増加と共に、武器輸出へ向けた規制緩和を織り込む動きではないか(図表3)。
また、国際情勢の観点では、米国が貿易収支の均衡を目指すと同時に、安全保障における存在感の低下を図っている。さらに、世界保健機構(WHO)への資金拠出を停止、国連教育科学文化機関(ユネスコ)からの脱退宣言など、国際機関への関与も大きく低下させてきた。
これらは覇権国としての重要な要素を構成してきただけに、グローバリゼーションの明確な否定と合わせ、米国が自ら世界を主導する立場から降りようとしているように見える。結果として、世界は不安定化の時代に入ったと考えるべきだろう。
通貨としての記憶が残る金は、耐久性、希少性、ポータビリティが高く、国家権力への信頼が低下した時、国際的に通用する疑似通貨としての保有動機が高まる傾向がある。足下の金価格上昇は、国際情勢を反映しているだろう(図表4)。世界の分断によるインフレ、地政学的リスク、この2つのリスクへの対応が、今後の投資の要諦と言えそうだ。
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