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- 2026年の金価格見通しと2つの構造的金需要
2025年の金相場は年初来で約64%の大幅な上昇となっている(米ドルベース、12月12日時点)。その上昇の背後にはここ数年続いている中央銀行による金需要に加え、今年から始まった従来とは異なる理由での金への投資需要がある。これらは構造的かつ趨勢的な金需要として2026年以降においても、金価格の上昇圧力になりやすいと予想する。さらに来年は米国の政治などにおいて不透明要因も多いことから、リスクへの備えとして、ポートフォリオに金を組み入れる重要性が一層増すと考える。
■ 2025年の金価格動向の振り返り
2025年に入り金価格は年初から力強く上昇し、4月22日には当時のザラ場高値となる1トロイオンス=3,500.10ドルをつけた。その後しばらくは高値圏での一進一退が続いたが、8月から10月にかけて再び力強い上昇トレンドが始まり、10月20日には過去最高値となる1トロイオンス=4,381.52ドルを付けた(図表1参照)。まず最初に、この2回の上昇局面はなぜ起きたのかを振り返り、来年の金価格の動向にどのような示唆があるのかについて考察を加えたい。
■ 1~4月: リスク回避姿勢の高まりでの上昇(地政学リスク、トランプ関税など)
2025年前半、金価格を押し上げた最大の要因は投資家のリスク回避姿勢の高まりだ。特に1月に第二期トランプ政権が誕生して打ち出された各種政策の組み合わせにより、米国においてインフレと経済成長率の鈍化が同時に起きるスタグフレーションに対する懸念が高まったことに加え、米中関係の急速な悪化から世界経済の先行きの不透明感が高まった。
この影響で米国市場は一時トリプル安(米国株式、米国債券、米ドルの同時安)となり、リスク回避姿勢が強まり、安全資産として金への需要が高まり金価格上昇につながった(よく金は「安全資産」と言われるが、価格変動性は株式並みに高いことには留意したい)。
■ 8~10月: 金への投資需要急増(米国債務問題、FRB独立性懸念など)
春先の急騰後、金相場はしばらく高値圏でのもみ合いが続いたが、2025年8月下旬以降再び金は明確な上昇トレンドに復帰し、10月20日には1トロイオンス=4,381.52ドルの過去最高値を付けた。この上昇の背景にあるのが「通貨価値下落のヘッジ手段としての金への投資需要」、本稿のテーマの一つである新たな需要だ。
■ 構造的需要① 通貨価値下落(Debasement)のヘッジ手段としての金への投資需要
8月から10月にかけての金価格急騰の背景を振り返ってみると、その要因としてあげられるのは、米国の債務問題の急速な悪化リスク、通貨の信任を支える米連邦準備制度理事会(FRB)の独立性が棄損するリスク、そして、予算案を決めることができないほどの政治の分断だ。
7月初旬、トランプ大統領は大型歳出・減税を盛り込んだ通称「One Big Beautiful Bill Act(OBBB法案)」に署名し、本法案は成立した。また、同時に懸案だった債務上限も5兆ドル引き上げられた。この法案の米国の財政へのインパクトについて、米議会予算局(CBO)は、今後10年間の累積財政赤字が3.4兆ドル増加し、金利負担増を含めると実質的な赤字拡大額は4.1兆ドルに達すると試算した。また、国際通貨基金(IMF)は10月時点での予測で米国の債務残高対GDP比は2025年に125%と第二次世界大戦直後のピークをも上回り、2030年までに143%まで上昇するみている(図表2参照)。
なお、図表2の点線は4月時点でのIMFによる予測値だ。 OBBB法案の影響で米国の債務比率がいかに大幅に上振れる可能性があるのかが見てとれる。この法案の成立により、今後米国の債務比率の増加のペースは速くなることが予想され、米ドルという基軸通貨の信認が揺らぐ懸念の底流となった。
次に起きたのはFRBの独立性への介入の懸念だ。これは大きなインフレを招く恐れがあるほか、通貨の信認に影響を与える可能性がある。
FRBの理事会は7名から構成されている。ボウマン理事とウォラー理事はトランプ大統領が第一次政権の時に指名した。 8月8日にはクグラー理事が退任し、後任の理事としてトランプ大統領の影響が強いとされるハト派のミラン理事が9月15日に就任した。そうなるとあと一人の理事をトランプ大統領が指名できれば、理事会の過半数となる4名をその影響下に収められることになる。そこに、8月25日にトランプ氏は自身のSNSでFRBのクック理事の解任通知書を公表した。このことがFRB理事会の勢力分布を変え、米連邦公開市場委員会(FOMC)の投票権を持つ地区連銀総裁の承認にまで影響を与えることが懸念された。FRBは政府からの圧力で適切な金融引き締めを行えなくなり、それは将来の大きなインフレにつながるのではないか、との危惧が高まった。
10月に入ると、連邦政府が史上最長となる43日間の一部閉鎖(シャットダウン)に追い込まれる事態となった。共和党と民主党との間での深刻な対立により2025年末の予算審議が難航し、ついに政府機能は麻痺することとなった。その影響で全米で空港の民間航空管制が制限されたり、最大規模のフードスタンプ給付が初めて停止するなど、米国の国民生活にも前例のない混乱をもたらし、市場には米国の政治・財政運営に対する重大な不信感が広がった。
こうした一連の出来事から、通常とは異なる資金フローが金に向かうこととなった。それが米ドルの信認低下や将来的なインフレが引き起こす「通貨価値下落(Debasement)のヘッジ手段としての金への投資需要」だ(図表3)。
一般的に、ファンド経由での金への投資需要は、米国の実質金利と逆相関の関係を示す傾向にある。
実際、2013年のテーパータントラム(量的緩和の縮小)をきっかけとした実質金利の急上昇局面では、ファンド経由で年間900トン以上の金の売却が起き、当時の金価格の下落の要因の一つとなった。また2022年からの政策金利引き上げの局面と、その前にそれを市場が織り込みにいった2021年から2024年にかけても、米実質金利の上昇に伴いファンド経由での金の売却が起きている(ただし当時はこの後紹介する中央銀行による金購入によりこの売却はオフセットされ、2022年から実質金利が上昇したにもかかわらず、金価格は底固い値動きを示した)。
2025年に関してはそうした中で特筆すべき動きがあった。実質金利が頭打ち状態で高止まりする中にもかかわらず、ファンド経由の金需要が大幅に増加した。具体的には、今年の11月末時点で、ファンド経由での金需要は年初来の累計で700トンを超えた。これはおよそ3,700トンとされる金の年間算出量の2割弱に相当する。
■ 構造的需要② 世界の中央銀行による「脱米ドル化」の金需要
もう一つの比較的息の長い構造的需要は、世界の中央銀行による「脱米ドル化」の金需要だ。世界の中央銀行は、リーマン・ショック直後の2008年以降、FRBが量的緩和で巨額のドルを市場に供給したことへの警戒から外貨準備のポートフォリオの通貨構成を見直し「脱米ドル化」の動きを進めた。その外貨準備の分散の受け皿の一つとして金の保有比率を引き上げ始め、2010年頃からネットでの金の買い手に転じた。2011年以降は平均で年間およそ500トン前後の規模で金を買い越すようになった(図表4参照)。
さらに注目すべきは2022年以降だ。ウクライナ侵攻を受けた対ロシア制裁でロシアの外貨準備が凍結されたことが決定打となり、米ドル資産を多く保有することは、米国との関係が悪化した際にはリスクになり得るとの認識が広まり、この「脱米ドル化」の為の通貨分散の動きは加速した。
ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によれば、2022年から2024年にかけて世界の中央銀行は3年連続で年間1,000トン超の金を買い越している。2025年に入っても1~9月の中央銀行の金購入量は合計634トンに達し、前年同期(694トン)からやや減速したものの依然として高水準である。なおWGCは2025年通年の中央銀行による金需要は750~900トン程度に達すると予想している。
中央銀行の金購入は、その外貨準備としての特性上、長期スタンスの買いである点も重要だ。各国当局は一度積み増した金準備を短期的に売却することは少ない。そのため、脱米ドル化の外貨準備における通貨分散が続く限り、中央銀行需要は2026年以降も金市場の堅固な需要基盤であり続けると考えられる。
■ 2026年の金価格見通し
2025年の金価格の上昇の背景には、これまで見てきた2つの構造的な需要があった。ただ、足元の金価格は年後半の大幅上昇の反動もあり、現在はボックス圏の中にいる。大きく調整した後、三角持ち合いを力強く上抜けて来たことから相場の地合いは悪くはなく、すぐにでも最高値を更新しそうな勢いはあるものの、今年の4月から8月にかけての相場と同様に、最高値近辺では利食い売りに押され、ボックス圏内での値動きが続く可能性にも留意が必要だ。しかし、十分な日柄調整が進むか、または、実質金利低下したり、地政学リスクが高まるような何らかの出来事が起きれば、金価格は早々に上昇局面入りする可能性はあろう。
そうした中で、もう一つの注目しておきたい動きが、今年に入ってからの米ドル安の進行だ(図表5参照)。米ドル安は他通貨建てでの金貨価格を引き下げることでその国における金需要増加につながり金価格のプラス要因になると考えられている。
主要通貨に対する米ドルの価値を示す米ドル指数は2011年4月以降長期的な上昇トレンドにあった。昨年末には2002年2月の水準とほぼ同じ水準にまで米ドルは上昇した。2002年の場合を振り返ると、その後長期的な米ドル安が進行し、金価格は米ドル指数が反転上昇したあともしばらくは上昇を続け、約6倍にまで上昇した。
ドル高は米国の製造業にとり輸出競争力の低下を意味することから、トランプ政権が掲げる製造業の復活の為には米ドル安が求められる。7月以降は米ドル高傾向にはなっているが、いまだに歴史的な米ドル高水準にあることから、他国以上に米国の実質金利が低下することが起きれば、来年も再び米ドル安が進行し、金価格を押し上げる可能性もある。
以上のように、しばらくはボックス圏内での動きは続く可能性はあるが、中央銀行とファンド投資家からの2つの構造的金需要は2026年以降も続き、金価格に上昇圧力がかかり続けると予想する。また、ドル安の進行が続けば、さらに金価格の上昇要因となる。
来年はFRBのクック理事の最高裁における口頭弁論、トランプ相互関税の違憲判断の行方、新たなFRB議長の指名に加え、トランプ大統領の支持率が急落している中で中間選挙を迎えるなど、不透明要因も多い。そうした環境においてはリスクへの備えとしてポートフォリオに金を組み入れる重要性は高いと考える。
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