- Article Title
- 2026年の金価格を左右する4つのシナリオ
金価格は2025年12月24日の取引時間中に一時、1オンス=4,525ドルと史上最高値を更新し、1971年以来4回目となる年間上昇率60%超という歴史的な上昇で年を終える可能性が高い状況にある。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)は、2026年の金市場について、①マクロ・コンセンサス(±5%)、②浅い景気後退(+5~15%)、③負の連鎖(+15~30%)、④リフレーション復活(-5~20%)という4つのシナリオを提示している。現状では②のシナリオがベースとみられる一方で、下振れリスクへの警戒から③寄りの側面も意識されている。そのため、不確実性に備えるうえで、低相関資産としてポートフォリオに金を組み入れる重要性は一段と高まっていると考えられる。
■ 1971年以来、通算4回目となる、年間上昇率60%超えを達成する見込み
金価格は2025年12月24日の取引時間中に一時、1オンス=4,525ドルと史上最高値を更新し、1971年以来4回目となる年間上昇率60%超という歴史的な上昇で年を終える可能性が高い状況にある。(図表1参照)。
過去に金価格の年次リターンが60%を超えた1973年、1974年、1979年の3年はいずれも、名目金利の上昇を上回るインフレ率の上昇により実質金利がマイナス1.5%以下の水準まで低下し、かつ前年度比で3%ポイント超の大幅な低下が生じた年であった(図表2参照)。
また、主要通貨に対する米ドルの価値を示す米ドル指数(実質実効米ドル指数)は、低下傾向(1973年、1974年)にあるか、もしくは米ドル安水準(1979年)にあった。
これに対して2025年は、実質金利がプラス圏にとどまり、前年比での変動も小幅である一方、過去3回との共通点を挙げるとすれば米ドル安の進行が挙げられよう。もっとも、足元の米ドル水準は依然歴史的高水準だ。これらが示唆するのは、今後、インフレ率が名目金利を上回り実質金利がマイナスに転じる、あるいは継続的な米ドル安が進行するような局面になれば、金価格が一段と押し上げられる余地が残されているということであろう。
■ 2026年の金価格:4つのシナリオ
WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)が2025年12月初旬に公表した「Gold Outlook 2026」では、2026年の金市場について4つのマクロ経済シナリオが提示されている。
具体的には、①ベースラインとなる「マクロ・コンセンサス」、②軽度の景気減速を想定した「シャロー・スリップ(浅い景気後退)」、③深刻な悪循環不況を想定した「ドゥーム・ループ(負の連鎖)」、そして④好景気・再インフレを想定した「リフレーション・リターン(リフレーションの復活)」の4つである。それぞれのシナリオが意味するマクロ環境と金価格への影響を、以下に整理する。
①マクロ・コンセンサス:
現状の市場コンセンサスに沿ったシナリオである。
世界経済はトレンド並みの成長率(実質+2.7~2.8%)を維持し、インフレ率も概ね横ばいで推移、主要中央銀行は限定的な追加緩和を行うといった安定的な環境を想定している。具体的には、米連邦準備制度理事会(FRB)は2026年に約0.5%ポイントの追加利下げを行い(原文では0.75%ポイントとされているが、12月の0.25%利下げを反映。以下同様)、長期金利は概ね横ばいで推移、米ドルはやや上昇するという前提である。地政学リスクは高止まりしつつも大きな変動はなく、マーケット全体のリスク選好姿勢は中立的で、商品市況も概ね安定推移が見込まれる。
この場合、金価格は現在の水準近辺でレンジ内(±5%程度の変動幅)にとどまると予想されている。WGCのレポート発表時(12月4日)の評価では、市場はすでにこのコンセンサス・シナリオを概ね織り込んでおり、現在の金価格もこのシナリオを反映した水準にあると想定されていた。したがって、目立ったショックが生じない限り、金相場は大きく崩れることも、高騰することもないレンジ相場が続くとの見立てである。もっとも、歴史的にみて経済が常に予測どおりに推移することは稀であり、このシナリオへの過度な信頼は禁物だとも指摘している。
②シャロー・スリップ(浅い景気後退):
浅い景気後退シナリオである。
足元で強さを見せている米経済も徐々に減速し、市場では「景気の勢いが鈍りつつある」との懸念からリスク回避ムードが広がる局面を想定する。例えば、人工知能(AI)ブームに対する期待の修正から株式市場に調整が入る可能性や、過去最高水準にあった企業利益率が低下に転じ、労働市場も緩み始める可能性がある。その結果、個人消費が冷え込み、緩やかな世界景気減速につながるシナリオである。こうした状況下では、中央銀行は想定以上に緩和的なスタンスを取り、FRBも市場予想を上回るペースで利下げを実施するとみられる。
WGCはこのケースではフェデラルファンド(FF)金利が現在より95bp程度低下し、米10年債利回りも30~40bp低下すると試算している。また、リスク回避姿勢が強まることで米ドルは横ばいからやや下落に転じる可能性が高い。地政学リスクについては、一時的に急上昇する局面(例えば地域紛争や地政学的緊張の悪化)が生じるものの、その後は沈静化する前提である。
以上のような「緩やかな景気後退と緩和サイクル」の組み合わせは、金にとって概ね追い風となり、WGCの分析では金価格は12月4日時点より5~15%程度上昇し得るとされている。低金利・米ドル安という伝統的な支援要因に加え、リスク回避による資金流入が続くことで、金は2026年も堅調なリターンを示す可能性がある。
加えて各国中銀の戦略的な金購入や、中国の保険会社やインドの年金基金による金投資解禁の動きなど新たな長期マネーが金需要を下支えすることも期待される。
言い換えれば、たとえ景気後退が浅く、相対的に平穏な環境であっても、中央銀行の金買いと新規参入者による需要増が金価格を支える可能性があるということである。
③ドゥーム・ループ(負の連鎖):
深刻な経済危機(負の連鎖)シナリオである。
地政学的・経済的なショックが引き金となり、世界経済がより深い同時不況に陥るケースを想定する。具体的には、貿易摩擦の激化、未解決の地域紛争の悪化、新たな地政学的リスクの発生などが投資家の信頼を急激に損ない、グローバルな経済活動を大きく萎縮させる可能性がある。こうしたショックにより世界の分断が一段と進み、貿易や投資に対するリスク感応度が飛躍的に高まる。企業は設備投資を引き上げられず、家計も支出を大幅に抑制し、その結果、景気後退が自己増幅的に深まる「ドゥーム・ループ(負の連鎖)」に陥るシナリオである。
米国でも成長が大幅に減速し、需要崩落によってインフレ率は目標を下回り(デフレ懸念も浮上)、FRBは危機対応的な急激な利下げを余儀なくされる。長期金利も急低下し、金融緩和とリスクオフの進行により米ドルは大幅安となる。世界的な需要減退から商品相場も総崩れとなり、典型的な景気後退局面の様相が強まる。
このような「金融危機~深刻な不況」に近い状況になれば、安全資産としての金には極めて強力な追い風が吹くと予想され、低下する利回り、急激な米ドル安、そして高まるリスク回避(極端な安全志向)という組み合わせにより、金価格は12月4日時点より15~30%程度急騰する可能性がある。
WGCは、このシナリオ下では2026年の金は「exceptionally strong tailwinds(極めて強力な追い風)」によって大幅上昇し得ると評価している。
金は歴史的にも金融危機時に最も顕著な上昇を示す傾向があり、安全逃避需要が宝飾品や工業用途の落ち込みを十分補って余りあると見込まれる。この場合、投資需要―特に金ETFや金の現物に投資をする投資信託などファンド経由の需要―が主導的役割を果たし、宝飾品やテクノロジー需要の落ち込みを相殺する展開となるだろう。価格上昇自体がさらなる投資マネーを呼び込み、モメンタムが一段と加速することも考えられる。
実際、2025年11月時点で世界のファンド経由での金への投資フローは年初来で700トン超の規模の資金流入が観測されているが、これは過去の強気相場と比べてもなお半分程度の規模にとどまっており、仮に新たな強気サイクルが本格化すれば、さらに資金流入が拡大する余地があるとWGCは指摘する(図表3参照)。
金の強気サイクルは、しばしば数年単位で継続する傾向があるため、この「ドゥーム・ループ(負の連鎖)」シナリオが現実化した場合、金は2025年に続き2026年も二桁のリターンを上げる可能性がある。
「ドゥーム・ループ(負の連鎖)」は、株式などのリスク資産を保有している投資家にとっては、最も想定したくないシナリオである一方、金市場にとっては最もポジティブなシナリオと言えるだろう。
④リフレーション・リターン(リフレーションの復活):
好景気と再インフレのシナリオである。
米トランプ政権による減税や歳出拡大などの積極的な財政政策が奏功し、予想以上に経済成長が力強くなるケースを想定するのがリフレーションだ。減税による需要喚起や設備投資ブームが起こり、AI・インフラなどへの投資が続くことで、世界的にも成長率が押し上げられる。一方で、景気の過熱に伴いインフレ圧力が再燃し、物価上昇率が再び高まり始める。このように「経済活動が活発化し、物価も再上昇する(reflation) 」局面では、中央銀行は緩和スタンスを転換せざるを得ない。FRBは2026年に利下げを停止し、場合によっては利上げの再開も視野に入れることになるだろう。
WGCはこのケースでFRBが0~25bpの利上げを行い、長期金利も少なくとも+20bp上昇し、米ドルも大幅高に転じると仮定している。旺盛な投資・消費マインドにより市場はリスクオンへと回復し、資金は安全資産からリスク資産へシフトする。
このリフレーション・シナリオは、金にとっては明確な逆風となる。利回り上昇とドル高によって金の保有コスト(機会費用)が高まり、景況感の改善により安全資産としての需要も後退するためである。
WGCは金価格が12月4日時点の水準から5~20%下落し得るとのレンジを提示しており、4つのシナリオの中で最もベア(弱気)なケースと位置付けている。この環境下では投資家の金離れが進み、ファンド経由で持続的な資金流出が生じる可能性がある。株式や高金利通貨への資金ローテーションが進むなか、ウクライナ侵攻以降、金価格に織り込まれてきたリスクプレミアムが剥落すれば、相当規模の金売却が起こり得ると分析されている。もっとも、価格下落局面ではアジア市場を中心に、宝飾品や長期保有目的の「価格志向型」需要が増える傾向が歴史的に確認されており、そうした押し目買いが一定の下支えになる可能性も考えられる。それでもなお、金利上昇・リスクオン・価格モメンタム悪化という三重苦のもとでは金は苦戦を強いられ、この「リフレーションの復活」は4つのシナリオの中で最も弱気な想定となっている。
以上がWGCの示した主要シナリオの概要だ。加えて同レポートでは、中央銀行需要とリサイクル供給の動向は従来の計量モデルには織り込みにくい「ワイルドカード(不確定要素)」であり、金市場に大きな影響を与え得ると指摘している。
例えば中央銀行が予想以上に金購入を拡大すれば弱気シナリオでも相場の下支え要因となり得る一方、金価格高騰に伴い金スクラップ売却が急増すれば、強気シナリオであっても上値を抑える要因となり得る。
このように多様な要因が絡み合う中、WGCは「ショックやサプライズが常態化する世界では、シナリオ分析の価値が一段と高まる。そうした状況下でポートフォリオの安定をもたらす金の役割は依然として重要だ」と強調している。
■ 最新データ(2025年12月24日時点)に基づくシナリオ検証
2025年12月24日時点での金相場は1オンス=4,525ドル前後となっており、WGCが提示したシナリオ想定と比較してもかなり高い水準で推移している。同レポートの試算では、「マクロ・コンセンサス」シナリオを基準に金価格は±5%程度のレンジ内で推移するとされていたが、現状の金価格はレポート発表時点(12月4日の金価格は1トロイオンス=4,200ドル)を約7%上回っている。
このため、足元はベースライン想定よりもリスク要因が強く織り込まれた局面と考えられ、4つのシナリオのうちでは②の「浅い景気後退」に近いか、あるいは③の「負の連鎖」に片足を踏み入れつつあるようにも見える。
ただし同時に、2025年通年の経済指標を見ると、米国を中心に景気が想定以上に強かった側面もあり、現状をいずれか一つのシナリオに単純に当てはめることはできない。
まず経済成長率に関して、12月23日に発表されたデータによれば、2025年の米国経済は予想外の力強さを示した。第3四半期の実質国内総生産(GDP)成長率は年率+4.3%と2年ぶりの高成長を記録した。個人消費や輸出の伸びに支えられた形だ。これは、WGCが示すマクロ・コンセンサス想定と比較すると、やや上振れた成長パスとなっている。 もっとも、10月以降に発生した連邦政府の一部閉鎖は、第4四半期の実質GDP成長率に一定の下押し圧力を及ぼすとみられている。 Atlanta FedのGDPNowモデルによると、12月23日に公表された2025年第4四半期の実質GDP成長率(年率換算)の初期推計値は約+3.0%とされており、第3四半期(約+4.3%)からの減速が見込まれている。
さらに2026年に向けてはこれまでの金融引き締めの影響がタイムラグを伴って実体経済に波及することで、成長率は米国の潜在成長率並みの水準へと落ち着いていくとの見方が市場では優勢となっている。 ブルームバーグによるエコノミスト調査ベースのコンセンサス予想でも、2026年の米実質GDP成長率は年率2.0%程度と見込まれており、現状の成長率からの減速が織り込まれている(12月24日時点)。
また、米労働市場には一部でほころびも出始めている。コンファレンス・ボード(CB)が12月23日に発表した12月の消費者信頼感指数は89.1と、前月から3.8ポイント低下し、市場予想の91.0を下回った。これは、雇用や所得に対する不安の高まりを反映した動きとみられる。CBのチーフエコノミストであるダナ・ピーターソン氏は、消費者が経済に影響を及ぼす要因として挙げた項目について、「物価やインフレ、関税、貿易、政治への言及が引き続き目立った」と指摘した。 さらに「12月には、移民や戦争に加え、金利、税金や所得、銀行や保険といったパーソナルファイナンス関連への言及が増加した」と述べている。こうした状況は、WGCシナリオの②の「浅い景気後退」の前提と整合的である。
以上を踏まえると、現状は複数のシナリオ要因が混在した過渡期にあり、あえて分類すれば②の「浅い景気後退」がベースだが、下振れリスクへの備えが金市場を実質的に③の「負の連鎖」寄りに傾けているという状況にあると評価できるだろう。今後の経済指標や政策運営の行方に加え、トランプ関税に対する違憲判決の可能性や地政学リスクの高まり方によって、このポジションが本格的に③「負の連鎖」へ移行するのか、あるいは④「リフレーションの復活」へと巻き戻されるのかが左右されると考えられ、引き続き注視が必要である。
■ 不確実性への備えとして金をポートフォリオに組み入れる重要性は高い
地政学リスクの常態化、各国中央銀行による構造的な金購入の継続、米国財政に対する懸念を背景とした「デベースメント・トレード(通貨価値下落に備えたトレード)」の加速も、引き続き十分に想定しうるシナリオだが、2026年を迎えるにあたり投資家が留意すべきは、本稿で議論してきた各種リスクシナリオを念頭に、将来の不確実性に備えて改めてポートフォリオの資産配分を見直すことであると言えるだろう。 その際には、他の資産クラスとの低相関性に支えられた金の分散効果に、あらためて注目していただきたい。
当資料をご利用にあたっての注意事項等
●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。