Article Title
米最低賃金引き上げの期待と不安
梅澤 利文
2021/02/12

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

米議会予算局(CBO)は超党派の中立機関で、その報告(試算)は議会の財政議論のベースに活用されます。CBOの予測からもバイデン政権の追加経済対策が財政赤字の拡大を示唆しています。今回取り上げる連邦最低賃金引き上げ案は、財政赤字もさることながら、賃金上昇と雇用確保という問題にも切り込むため、今後の展開に注目しています。



Article Body Text

米議会予算局:追加経済対策による財政赤字の拡大規模を予測

米議会予算局(CBO)は2021年2月11日に21会計年度(20年10月~21年9月)の財政赤字予測を2兆2600億ドル(約237兆円)と公表しました。昨年9月に公表した予測は1兆8100億ドルでした。

なお今回の予測は、昨年12月に成立した9000億ドル規模の追加経済対策を反映していますが、バイデン政権による1.9兆ドル規模の経済対策案は反映していません。CBOは8日に同経済対策案の政策のひとつである最低賃金引き上げ措置について報告書(図表1参照)を公表しています。

 

どこに注目すべきか:米議会予算局、連邦最低賃金、格差、効果

米議会予算局(CBO)は超党派の中立機関で、その報告(試算)は議会の財政議論のベースに活用されます。CBOの予測からもバイデン政権の追加経済対策が財政赤字の拡大を示唆しています。今回取り上げる連邦最低賃金引き上げ案(最低賃金案)は、財政赤字もさることながら、賃金上昇と雇用確保という問題にも切り込むため、今後の展開に注目しています。

まず、米国の最低賃金について主なポイントを振り返ります。現在の連邦最低賃金は7.25ドルで、最低賃金案はこれを段階的に15ドルに引き上げる(図表1参照)ものです。もっとも米国では州が最低賃金を定めている場合もあります。ビジネスが順調な州では、7.25ドルを上回る最低賃金が設定され、雇用者は労働者に有利な方を採用します。

米国の最低賃金は国際的に見ても低いという指摘があります。例えば経済協力開発機構(OECD)の最低賃金の国際比較でも米国は低水準です(図表2参照)。ただ、OECDのデータは国全体の最低賃金を比較したもので、米国でもカリフォルニア州の最低賃金は13ドルと高水準であるなど、地域による格差がある点に注意が必要です。

また、OECDの国際比較には平均賃金と最低賃金の格差を示すデータもありますが、米国の最低賃金と平均賃金の差は他の国に比べ大きく、格差の問題はあるように思われます。

CBOが最低賃金案に対して行った試算を見ると最低賃金を引き上げる結果①財政赤字は10年間で540億ドル拡大する見込みであること、②賃金上昇の21~31年にネットで総額3330億ドルの給与支払の増加、③25年にかけて雇用が140万人失われる、などを示しています。

①の財政赤字は現在は職員の多くが時給15ドル未満で働いている介護施設や介護サービスの賃金引き上げによる公的医療保険「メディケア」と「メディケイド」を通じた医療費増加などが背景です。②の給与支払の増加は賃金上昇による支払の増加が約5090億ドルを見込む一方で、雇用を減らすことで支払が減少することからネットで3330億ドル程度を見込んでいます。③賃金上昇で企業は雇用を抑制するとして140万人の雇用削減をCBOは見込んでいます。

最低賃金案は格差を解消する政策と見られます。一方で、経済政策としての側面では、雇用者が受け取る給与総額の増加が期待される一方で、失業の増加も懸念されます。過去の研究や議論でも、最低賃金引き上げが経済に及ぼす影響のプラス、マイナスの効果について明確とは言い難いと思います。この点についてバイデン政権の取り組みに注目しています。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


11月の米CPI、市場予想通りの裏側にある注意点

11月の米雇用統計、労働市場の正常化を示唆

米求人件数とADP雇用報告にみる労働市場の現状

韓国「非常戒厳」宣言と市場の反応

植田総裁のインタビュー、内容は利上げの地均し?

フランス政局混乱、何が問題で今後どうなるのか?