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ECB、予想通りの利下げ、知りたいのはその先
梅澤 利文
2025/06/06

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概要

6月のECB理事会では利下げサイクルの終了に近づいたことへの示唆が注目点だった。また一歩利下げサイクルの終了へと近づいたようだ。ECBのユーロ圏の経済見通しではインフレ率が物価目標に収束することが見込まれている。関税政策の不確実性が短期的なリスクとして残ることから、ECBは「データ次第」「理事会ごとに決定」という方針を維持するとしても、年内の利下げ停止を筆者は見込んでいる。




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ECBのラガルド総裁は利下げサイクルが終わりに近いことを明確に示唆

欧州中央銀行(ECB)は6月5日の理事会で市場予想通り、政策金利(中銀預金金利)を2.25%から0.25%引き下げ2.00%とすることを決めた(図表1参照)。ECBは利下げの理由として、インフレの落ち着きを指摘したが、最新のECBスタッフの経済予測では、25年、26年の消費者物価指数の予測が前回(3月理事会)に比べ下方修正された。

今回の一連の発表で最も注目されたのは理事会後の記者会見におけるラガルドECB総裁のコメントであろう。ラガルド総裁は「金融政策の周期としては終わりが近づいている」との認識を示した。時期は特定していないものの、利下げサイクルの終わりが近いことを示唆した。

ECBスタッフは経済見通しで26年のインフレ率を下方修正した

6月のECB理事会での利下げを市場は確実視していた。関心はECBの今後の方針だが、ラガルド総裁が会見で、「新型コロナウイルス、ウクライナでの不当な戦争、エネルギー危機といった複合的な衝撃に対応してきた金融政策サイクルの終わりに差し掛かっているところだ」と利下げ停止に近づいていることを明確にした。

前回(4月理事会)は声明文から(政策金利の水準が)「景気抑制的」という文言を取り除き、インフレ抑制が順調に進んでいることを示唆した。今回のラガルド総裁のコメントは利下げ局面が終了に近づいていることをより明確にしたように聞こえる。

この背景として、まずはECBの経済見通しを確認する(図表2参照)。6月の見通しではユーロ圏の消費者物価指数(HICP)はエネルギー安とユーロ高を背景に25年、26年を共に3月の見通しと比べ0.3%下方修正した。食品とエネルギーを除いたコアHICPは賃金高止まりが主なインフレ鈍化の抑制要因だったが、26年を1.9%へ下方修正するなど今後の鈍化が見込まれている。ユーロ圏の1-3月期の妥結賃金が明確に鈍化しており、サービス価格の先行きに自信を深めたようだ(図表3参照)。

GDP(国内総生産)成長率は25年を小幅に下方修正したが、中長期的な回復を見込んでいる。短期的には関税を巡る不確実性が押し下げ要因だが、中期的には防衛力強化とインフラ投資が下支え要因とECBは説明している。

ECBスタッフの見通しの資料の中で、トランプ関税の影響がシナリオ分析の形で示されている。メインシナリオは5月時点の一律関税(10%)が続くことなどが主な前提である。他の2つは関税解消シナリオと関税悪化シナリオである。

関税解消シナリオは今年7-9月期には米国と欧州連合(EU)が関税引き下げに合意するといった内容だ。この場合、経済成長見通しはメインシナリオを大幅に上回る。インフレ率は経済活動の回復に伴う小幅な上昇にとどまると見込まれている。

関税悪化シナリオでは4月2日の相互関税に戻り引き上げられ、EUは報復関税を課すとしている。この場合、経済成長率は低下し、インフレ率は小幅ながらメインシナリオを下回ると見込んでいる。

データ次第の方針ながら、利下げサイクルの終わりが念頭にあるようだ

トランプ大統領の関税政策は先行きが見通しにくい。どの関税シナリオに落ち着くのかは特定しがたい。そのためECBは今後の金融施策を運営の方針について、「データ次第」、「理事会ごとに決定」という姿勢を維持した。金融政策の変更時期を特定しないためにも、この方針を繰り返すことが必要だろう。

一方でラガルド総裁は、利下げサイクルが終わりに近いのではという記者からの質問に答える形で、いくつかのキーワードを述べた。そのうちで筆者が注目したのは、「現在の金利水準は適切な位置にあると考えている」だ。これは政策金利の据え置きと相性が良いフレーズと思われる。据え置きを続ける米連邦準備制度理事会(FRB)も似たような表現を使うようだ。

別に注目した表現は、先に紹介した「複合的ショックに対応してきた金融政策サイクルの終盤に差し掛かっていると考えている」だ。利下げの終わりを一歩踏み込んだ表現で意識させるものだ。

なお、中立金利(景気を加速も冷却もさせない金利、利下げの最終到達金利水準とみなされていた)については、「議論さえしなかった」と述べている。今回の利下げにより、過去に示した中立金利の範囲(1.75%~2.25%)の真ん中にまで政策金利が引き下げられた。前回の理事会で中立金利は平時にしか使えない概念と説明していたが、今回は議論さえしなかったと述べている。不確実性が大きい中で中立金利を使うことの難しさを示しているようにも思われる。

次回理事会は7月24日で相互関税の延期が終わる時期でもある。どの程度混乱するかにもよるが、様子見のため据え置きの可能性を見ておきたい。その後はデータ次第だが、必要であれば追加利下げをする姿勢で、年内残りの利下げは1回となるシナリオを筆者は見込んでいる。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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