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世界金融危機後の枠組みが問われる
梅澤 利文
2023/03/22

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概要

金融不安の伝播を防ぐには迅速かつ柔軟な対応が求められます。反対に遅く、杓子定規な対応は事態を悪化させる恐れがあります。その点、現在の金融不安に対する欧米当局の対応は、スピーディーと思われます。ただし、矢継ぎ早の対策の中には一部問題点も表れています。それでも、市場にはやや安心感も見られますが、予断を許さず、慎重に見守る姿勢が求められると思われます。




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イエレン米財務長官、場合にはより預金全額保護を広げる可能性を示唆

イエレン米財務長官は2023年3月21日、米銀行協会(ABA)の会議で講演し、中小規模の金融機関が経営難に陥った場合、政府は預金者保護のために最近取った思い切った措置を繰り返し講じ得ると表明しました。イエレン長官は(破綻した米銀2行を念頭に)介入は米国の銀行システムを保護するために必要だったと説明しています。そのうえで、中小規模の金融機関が取り付け騒ぎに見舞われ、波及のリスクが生じるような場合は、同様の行動が正当化され得ると述べています。

米国債市場では金融不安を受け3月になり利回りが急低下していましたが、21日の市場では金融当局の追加的な対応策の可能性を受け、利回りは上昇しました(図表1参照)。

世界金融危機後の破綻処理の枠組みからは異例の対応も一部に

米中堅銀行シリコンバレーバンク(SVB)とシグネチャー・バンクの経営破綻に加え、信用不安が根強かったスイス大手銀クレディ・スイス・グループの経営失敗が表面化したことで、金融不安が高まりました。金融不安が局所的にとどまるか、それともさらなる広がりを見せるのかを現時点で予測するのは困難です。ただし、今後の動向を左右する要因の1つが当局の対応です。

これまでの欧米当局の対応は迅速で異例続きとみられます。迅速さが求められるのは、ネット社会では預金流出のスピードが速いこと、そして何よりも危機拡大を防ぐには先手を打つのが鉄則であるからと見られます。

異例といわれるのは、2008年のリーマンショック(世界金融危機)を教訓に定められた金融機関の破綻処理のプロセスが想定とは異なるからです。リーマンショック時には、巨額の国民の税金を投入し、大手銀行などを救済したことに対する不満が高まりました。これを受け、銀行危機の回避に対して、自己資本の拡充と流動性強化を主な柱とする規制の枠組みとしてバーゼルⅢが作られました。バーゼルⅢでは「大きすぎて潰せない」システム上重要な銀行(G-SIB)に対して、より手厚い自己資本などを求めています。

この枠組みでは、銀行が破綻した場合、損失は株式や債権者が負担し(ベイルイン) 、一方で預金は一定額預金保険制度で守られ、公的資金(税金)を使っての救済(ベイルアウト)は行わないことが基本的な線引きと考えられます。

今は、目先の問題対応が第一優先、将来的には枠組みの見直しも課題

しかし、これまでの一連の当局の対応から、平時はともかく、金融不安が高まる恐れがある局面ではベイルインとベイルアウトでスパッと分けられるものではないようです。これは現在の当局の対応の問題というよりはリーマンショック後の対応の枠組みを再検討する必要性を示唆しているように思われます。先のイエレン米財務長官も、現在の規制・監督体制を見直し、現在銀行が直面するリスクに対応する上で適切かどうかを検討する必要がある可能性を示唆しています。

米国の預金保険制度で保護される上限は1口座当たり最大25万ドル(約3360万円)ですが、破綻した2銀行については上限を上回る預金についても保護される方向です。イエレン財務長官の発言はこれを他行にも広げる可能性を示唆しています。従来の枠組みの柔軟化が求められそうです。


欧州におけるクレディ・スイスの買収では政府の介入であるベイルアウトが活用されたとみられます。ベイルアウトとは、銀行の優先株購入などによる公的資金注入、預金全額保護、政府による(合併時などの)資産売却の損の埋め合わせなどが挙げられます。今回、買収が短期間に進んだのは買収する側のUBSに対し、クレディ・スイスの資産から損失が生じる場合、スイス政府が90億フランの保証を与えるとしています。これが国民負担になるのかは不透明ですが、ベイルアウトが復権した印象です。

クレディ・スイスの買収ではAT1債(株式と債券の中間の性質を持った証券のひとつ)の価値が無くなったことも問題視されています。AT1債は銀行の自己資本として算入できる一方で、銀行破綻時には、AT1債が損失を吸収する役割を担うこととなります。ただ、通常弁済順位は株式より高く、破綻時には最初に株式で損失を吸収した後に、AT1債で損失吸収することが想定されています。しかし今回は、クレディ・スイス株式は買収時に30億スイスフラン相当の価値となる一方で、AT1債はほぼ無価値と報道されています。欧州では17年にスペインの銀行の破綻処理がありました。この時は株式、AT1債ともに減損処理されています。今回の弁済順位の逆転は異例ですが、今回のAT1債の条項には、このような対応が可能であったとの報道もあります。真偽のほどは定かではありませんが、仮にそうであったとしても、説明責任などに問題は残りそうです。

20日には欧州中央銀行(ECB)、欧州銀行監督機構(EBA)、単一破綻処理委員会(SRB)が連名で「最初に株式で損失を吸収した後にのみ、AT1債の評価減が求められる」との声明を出すなど火消しに追われています。

経営不安に陥ったクレディ・スイスの自己資本比率は健全とされる水準であったなど、問題点はまだまだ残ります。ただ、これまでのところ当局の柔軟かつ迅速な対応を市場はある程度評価しているようです。ただし目先の問題が解決したのか判断するのは時期尚早と思われます。当面は目先の問題に対する対応を見守る展開が想定されます。しかし、たとえ目先の問題が収まったとしても、リーマンショック後の金融の枠組みに手直しが求められそうです。

 


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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