Article Title
ロシアはルーブル安と労働者不足に直面
梅澤 利文
2023/07/24

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

ロシア中銀は市場予想を上回る利上げを決定しました。通貨安や労働市場がタイトなことが主な利上げの背景です。足元のルーブル安に金融政策で対応すべきか議論の余地は残ります。さらに労働市場の問題は生産能力を超えた内需の強さに起因する労働不足というより、構造的な供給不足が問題の背景とみられます。それでも金融政策に頼るところに、ロシアの苦境が浮き彫りとなったとみています。




Article Body Text

ロシア中銀、市場予想を上回る1%の利上げ幅で政策金利を引き上げ

ロシア中央銀行は2023年7月21日に開催した金融政策決定会合で政策金利を1%引き上げ、年8.5%にすると発表しました(図表1参照)。市場では0.5%の利上げが見込まれていたため、市場予想を上回る利上げとなりました。ロシア中銀の利上げは、ロシアがウクライナへ侵攻を開始した22年2月以来となります。

ロシア中銀は声明文で利上げの理由としてインフレ率の上昇を指摘し、その主な背景としてルーブル安や労働市場の引き締まりをあげています。また、ロシア中銀は声明文で追加利上げの必要性を示唆しており、全体的なトーンはタカ派(金融引き締めを選好)寄りとみられます。

インフレ率の実態はロシア中銀の物価目標を上回る

ロシア中銀が利上げの理由としたインフレ率を消費者物価指数(CPI)で確認します(図表2参照)。6月のCPIは前年同月比3.3%上昇と、物価目標である4%を下回っています。しかし昨年のロシアのインフレ率はウクライナへの軍事侵攻直後の混乱で物価が急上昇していたことから、前年比をそのまま使うことには問題もあります。そこでロシア中銀は前月比(6月分は0.37%上昇)を年率化したインフレ率が4%を超える点を懸念として指摘しました。

ロシア中銀のインフレ見通しでは23年が5%~6.5%と現状からのさらなる上昇が予想され、4%に戻るのは24年が見込まれています。このインフレ見通しに基づけば、声明文に示されたように追加利上げの公算は大きいと思われます。

ロシア中銀はインフレ圧力の主な要因として、ルーブル安と労働市場のタイト化をあげています。

ウクライナへの軍事侵攻後は西側諸国の経済制裁でルーブルは急落しましたが(図表1参照)、その後は堅調さを取り戻しました。しかしながら、足元再びルーブル安傾向に転じています。経済制裁が効果を示し始めたこと、最近のロシアの穀物輸出合意からの離脱や国際会議への不参加などの孤立化など様々な原因がルーブル安の背景とみられます。問題なのはロシアは輸出が伸び悩む一方で、国内需要を満たすため輸入に依存する状況となっていることです。ルーブル安がインフレを引き起こしやすい状況にあることから、ロシア中銀もルーブル安を警戒したとみられます。

ロシアのインフレ懸念の背景に労働供給制約による生産抑制がみられる

ロシアの労働市場のタイト化もインフレ要因とみられます。ロシアの失業率は5月が3.2%と歴史的な低水準です(図表3参照)。現在のロシアの場合、景気回復による失業率の低下ではなく、働き手不足による「悪い」失業率の低下とみられます。

働き手不足の主な短期的な背景として、①コロナ禍における人口減、②ウクライナへの軍事侵攻による事実上の徴兵、③徴兵回避などによるロシア国外への流出があげられます。

ジョンズ・ホプキンス大学のデータによるとロシアの新型コロナウイルスによる死者数は約40万人です。しかし20年から21年にかけてロシアの人口は百万人程度減少しています。実態はより悪かった可能性も考えられます。

一方、ウクライナへの軍事侵攻に兵士として駆り出された人に加え、国外退避した人数も相当数あり、報道では百万人規模とも伝えられています。

次にロシアの長期的な人口問題を振り返ります。ロシアの総人口は90年代から2010年手前頃まで減少傾向でした(図表4参照)。旧ソ連の崩壊に伴う出生率の低下などが背景です。この世代が生産年齢人口の中核となりはじめる2010年頃から、ロシアは構造的な生産年齢人口の減少に直面しています。

このように、ロシアには構造的な労働者不足、もしくは供給制約の懸念がある中で、コロナに見舞われたことは不幸な出来事でした。一方で、ウクライナへの軍事侵攻は経済の観点からみても、非合理的な決断であったように思われます。

ロシアのインフレ率の今後の展開が、ロシア中銀の予想通りならば、今回の利上げ局面は22年の軍事侵攻後のような過大な引き締めとはならないかもしれません。それでも、ロシア経済の足腰が弱っていることから利上げの影響は小さくはないように思われます。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


インドネシア中銀、サプライズ利上げの理由と今後

4月のユーロ圏PMIの改善とECBの金融政策

米国経済成長の背景に移民流入、その相互関係

IMF世界経済見通し:短期的底堅さを喜べない訳

ベージュブックと最近のタカ派発言

中国1-3月期GDP、市場予想は上回ったが