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日銀の主な意見と今後の注目点
梅澤 利文
2023/08/09

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概要

日銀が7月27〜28日に開催した金融政策決定会合ではイールドカーブ・コントロール(YCC)の運用の柔軟化が決定されたこともあり、決定に至った背景などに注目が集まりました。その会合の「主な意見」には日銀の次の行動を占ううえで参考となりそうな指摘もありました。足元で発表された経済指標も絡めて今後の展開を考えると、賃金や景気動向、物価見通しなどを注視することが求められそうです。




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日銀、7月の金融政策決定会合の「主な意見」を公表

日銀は2023年8月7日、先月27〜28日に開催した金融政策決定会合の発言内容をまとめた「主な意見」を公表しました。日本の経済情勢については、「足元緩やかに回復し、先行きもペントアップ需要の顕在化などに支えられて、緩やかな回復を見込む一方で、日本の経済・物価を巡る不確実性はきわめて高い」と指摘しています。

また、日本の物価については「既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰していくもとで低下した後、再び上昇率が緩やかに高まっていくとみられる」との見方が記されています。後半部分の物価上昇のカギを握る賃金動向(図表1参照)次第ですが、賃金の先行きについて日銀政策委員会内部でも見方は割れているようです。

日本の物価はいったん下落、その後再上昇が基本シナリオだが

今回の主な意見の全体的なメッセージは、金融政策決定会合後の植田総裁のコメントを踏襲しています。例えば、今後の政策運営を占ううえで重要となる物価見通しを、日銀が注視するコア消費者物価指数(CPI、除く生鮮食品)で確認すると、コアCPIは先行する企業物価指数(PPI)の低下に遅れて低下するが、その後別の要因で上昇するというイメージです(図表2参照)。

いったん低下したインフレ率を再び押し上げる要因として、賃金などがあげられます。ここで日銀の経済・物価情勢の展望(展望レポート)に示されている24年のコアCPIの予測を確認すると中央値は1.9%と、4月時点の予測である2.0%から下方修正されました。しかし、展望レポートで予測を示した日銀政策委員9名の予測の分布をみると、4名は2.1~2.2%と高めの予測をしている一方で、5名は1.8~1.9%と低めの予測をしています。主な意見でも指摘されているように物価を巡る不確実性は高いことがうかがえます。

24年は、今後の物価の軌道を考えると、いったん低下した後の上昇局面に相当すると思われます。24年のインフレ見通しが政策委員の間で分かれるのは、この上昇局面の確信度合いの違いが表れているとみています。

何がインフレ見通しの違いを生み出しているのかを特定することはできませんが、主な意見などを見ると賃金動向への見通しがインフレ見通しを左右する要因の一つである可能性があると考えています。日本の賃金について、主な意見には「単年度ではなく、将来にわたる賃上げを約束する企業が出てきている」とのコメントが見られます。来年以降の賃上げにも期待を寄せる内容です。

反対に、主な意見のコメントの中には低賃金路線で粘り抜こうとする企業がまだ主流ではないのかといった内容のコメントもみられます。植田総裁は講演などで、たびたび「24年には物価がいくぶん上昇すると予想しているが確信は持てない」という趣旨の発言をしています。あくまで筆者の印象ですが、後者に近いニュアンスかと思います。

需給ギャップがプラスに転じる可能性も指摘されている

もっとも、賃金動向は月次の賃金データの上げ下げに一喜一憂するだけでは不十分でしょう。企業の賃金や価格設定行動に変化があるのか見定めることも必要で、総合的な判断が求められると思われます。

展望レポートなどでは物価見通しに影響を与える要因として需給ギャップ(景気変動を均した供給力と実際の総需要との差)の改善が指摘されています。

日銀が公表している需給ギャップを見ると、23年1-3月期はマイナス0.34%です(図表3参照)。展望レポートによれば、先行きの需給ギャップは23年度後半にはプラスに転じる可能性が指摘されています。ピクテの予想でも、ほぼ同時期に需給ギャップがプラスに転じることを想定しています。プラスの需給ギャップは、その程度にもよりますが、一般的にインフレ率の押し上げ圧力とみられています。仮に景気回復が続くようであれば、賃金動向に加え、需給ギャップも物価を左右する要因となる可能性が考えられます。主な意見にあるように、日本の賃金動向や需給ギャップは特に来年は不確実性が高いとみられ、今後発表される様々なデータに注意を払う必要があります。

なお、日銀は今回の金融政策決定会合で、イールドカーブ・コントロール(YCC)の運用の柔軟化を決定したことはご案内の通りです。この決定で特筆すべきは物価動向が不確実であることを前提に行われたことです。まだ物価の再上昇が起きるかどうかもわからないうちに先手を打ったという点は前向きに評価されてもよいように思われます。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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