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インフレ対応か景気下支えか、混迷深まるユーロ圏
梅澤 利文
2023/09/01

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概要

ECBの9月の政策理事会を前に、8月のユーロ圏消費者物価指数など主だった経済指標が発表されました。これまでの経済指標の結果から9月の理事会の方針が明確になることを期待していましたが、かえって混迷が深まった面もあるように思われます。ECBメンバーのこれまでの発言に変化の兆しはあるものの、決め手となる材料に欠けることから、判断先送りは一つの選択肢かもしれません。




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8月のユーロ圏の消費者物価指数はインフレが根強いことを示唆

欧州連合(EU)統計局が2023年8月31日に発表した8月のユーロ圏の消費者物価指数(EU基準、HICP)は総合で前年同月比5.3%上昇と、市場予想の5.1%上昇を上回り、7月の5.3%上昇と同水準でした(図表1参照)。前月比でみると8月は0.6%上昇と、市場予想の0.4%上昇、前月のマイナス0.1%低下を上回りました。

変動の大きい食品やエネルギーを除いたコアHICPは8月が5.3%上昇と、市場予想に一致し、7月の5.5%を下回りました。ユーロ圏のインフレ率は欧州中央銀行(ECB)の物価目標を、総合、コアともに2.5倍以上上回っています。ECBは9月14日に政策理事会の結果を発表する予定ですが、難しい判断を迫られそうです。

ユーロ圏の景況感悪化と、根強いインフレが同時進行の懸念

9月のECB理事会を前に、筆者が主要な経済指標と考えていた8月のHICPが発表されました。このインフレ指標により、理事会の方向性が見えてくることを期待していました。しかし、見えてきたのはインフレ高止まりでした。一方で、これまでに発表された景況感指数からユーロ圏の景気の先行きに対する懸念が高まり、スタグフレーション(物価の高騰と景気後退の同時進行)懸念は米国よりも、ユーロ圏でより現実味を帯びている印象で、ECBは難しい対応を迫られそうです。

ユーロ圏景気の先行きはセンティックス投資家信頼感指数など様々な景況感指数に示されていますが、足元では8月のユーロ圏サービス業購買担当者景気指数(PMI、図表2参照)の悪化が記憶に新しいところです。8月の製造業PMIは43.7と底を打ったかに見えますが、回復の目安である50を下回るうえ、製造業の下支え要因である輸出は、主要貿易相手である中国景気の先行きに不安が残ります。

また、8月のユーロ圏PMIで懸念されるのはサービス業が48.3と50を下回ったことです。一般に、金融引き締め効果は製造業に先に表れ、サービス業への波及は遅れる傾向が見られます。しかしユーロ圏のサービス業にも引き締めの影響が表れた格好です。まだ速報値の段階であり、今後、上方修正されることがあるかもしれませんが、サービス業が雇用指数の悪化を伴って低下した点は気がかりです。

一方、ユーロ圏の8月のインフレ率は総合、コアがともに5.3%上昇と高水準でした。コアは前月から小幅鈍化したものの、総合は前月と同水準でした。エネルギー価格下落が物価を押し下げる効果が低減しつつあることなどが背景とみています。

ユーロ圏のインフレ率を左右する要因は、エネルギー価格から、サービス業の価格との連動性が高い賃金動向にシフトするとみられます。31日に発表された7月のユーロ圏失業率は6.4%と歴史的低水準での推移となりました。失業率には遅効性があるのかもしれませんが、ユーロ圏の労働市場の堅調さが続いていることから、賃金に上昇圧力は残りそうです。ただし、賃金引上げの中には足元のインフレに対する一時金的な対応も一部にあるようです。賃金動向の全体像は慎重に判断する必要があるとみています。

ECBの主要メンバーの発言も、今後の金融政策に違いがみられる

高止まりするインフレと、景気悪化懸念を背景にECBメンバーの発言もハト派(金融緩和を選好)、タカ派(金融引き締めを選好)で分かれています(図表3参照)。ハト派としてポルトガル中銀総裁は9月の利上げ見送りを支持しているようです。反対に、タカ派で名高いオーストリア中銀総裁は利上げを支持する考えとみられます。

なお、ECBは9月に四半期ごとのECB経済予想を発表しますが、デギンドス副総裁は経済見通しは悪化するが、インフレ見通しは変わらないのではとの見立てです。ユーロ圏の苦境が示されそうです。そうした中、注目はタカ派のシュナーベル理事の昨日の発言です。シュナーベル理事は31日、ユーロ圏の経済見通しが6月に比べ悪化したことに言及しています。シュナーベル理事はユーロ圏のインフレはまだ高すぎるとの認識ながら、少なくとも6月の発言に比べタカ派色がやや弱まったようにも思われます。筆者は同氏の発言や見識には重みがあるとみているだけに、どの程度波及するのかに注目しています。これまでECB全体のトーンはどちらかというとタカ派で、まず追加利上げありき、という時期もありました。しかし足元そのトーンは弱まっているように思われます。

ECBは7月の理事会で利上げと休止を繰り返すやり方を完全には排除しない姿勢も示しました。インフレ懸念から年内追加利上げがメインシナリオの中、9月においての判断先送りは一つの選択肢かもしれません。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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