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イスラエルとイランの軍事衝突と市場動向
梅澤 利文
2025/06/16

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概要

イスラエルがイランの核関連施設を攻撃したことを契機に、両国の軍事的応酬が激化している。イスラエルは核施設だけでなく民間インフラも攻撃対象とし、イランはミサイル攻撃で報復している。市場は短期的な終息を期待しているものの、戦火が中東全体に拡大する懸念は依然として残る。市場は現時点では事態の収束を織り込んでいるようだ。今後の展開に影響を与える米国の出方が注目される。




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イスラエルがイランの核関連施設を攻撃、週末、戦闘は拡大

イスラエルが6月13日にイランの核関連施設を空爆したことを端緒に、週末をはさんでイランとイスラエル両国の間で軍事的応酬が続いている。イスラエルの攻撃対象は当初の核関連施設や軍事施設から、イランの石油貯蔵施設など民間インフラにも対象を拡大させ被害も広がっている。

一方でイランのミサイルによる報復攻撃により、イスラエル側にも被害が出ている。両国の戦闘がエスカレートすることや、戦火が中東全体に広がることで、過去の地政学リスクで見られたような不確実性の上昇(悪化)に見舞われることはないのか不安が先立つ(図表1参照)。市場は先週末から、かたずをのんで戦闘の推移を見守っている。

地政学リスクの市場に対する影響は様々な場合がある

地政学リスクに対する市場の反応は様々で何ら法則があるわけではない。共通するのは変動性の高まりだろう。地政学リスクと市場の関係について多くの分析や研究はあるが最近では国際通貨基金(IMF)が4月にレポートを発表している。

市場への影響は大別すれば、①深刻な影響、②比較的軽微に分けられよう。先のIMFのレポートでは1990年の湾岸戦争(イラクがクウェートに侵攻したことをきっかけに勃発した国際的な紛争)では株式市場への影響は長期的に深刻であったと述べている。

一方、2003年のイラク戦争は、戦争前には思惑で変動は高まったが、開戦した後は急速に株式市場が冷静となった点で、筆者は②のケースではないかと見ている。米国を中心とする多国籍軍とイラクの間の戦争は、いったん開戦すれば戦力差は明らかで終戦は近い、もしくは戦闘拡大の可能性は低いとの先読みで市場は落ち着いた。

イランとイスラエルの交戦が市場に深刻な影響を及ぼすのか、それとも軽微なのかは今後の展開次第ながら、足元までの市場の反応からは短期的な終結を見込んでいるようだ。ただし、結論を急ぐ前に、いくつかのポイントを整理する。

まず、イスラエルがイランの核施設を攻撃した理由だ。イスラエルのネタニヤフ首相は長期にわたり、同国の最大の脅威としてイランの核開発計画を指摘してきた。表向きはともかく、イランは核開発計画を進めていたとされる。国際原子力機関(IAEA)の最近の報告書ではイランの高濃縮ウランが2月から約1.5倍増えたと指摘し、兵器級に濃縮度を高めれば核爆弾9発分に相当するとの分析を報告している。

イランの核問題についてはオバマ元大統領など米国が交渉相手となってきた。トランプ政権下でも、イランと米国は4月からイランの核開発をめぐって高官協議を続けてきた。米国はイランにウラン濃縮を厳しく制限するよう求めたが、イランは、濃縮活動は権利との立場で隔たりが大きかった。

なお、イランの核開発を巡り、米国とイランの高官協議は16日に第6回協議が開催される予定だったが、イスラエルによるイラン攻撃を受けて協議の中止が発表された。協議再開の目途はたっていないもようだ。

米国は国内のユダヤ人(イスラエル)の政治的影響力が大きいこともあり、歴史的に親イスラエルの立場をとってきた。イスラエルから攻撃を受けた後、イランは報復する相手にイスラエルと同時に米国も名指ししている。そうした中、米国政府はイスラエルがイランを攻撃する前に、イランの隣国イラクの大使館職員の一部に退避を命じた。攻撃は察知していたのだろう。トランプ大統領は11日に記者から退避について聞かれ、「危険な場所となる可能性があるので退避させる。どうなるかみてみよう。」とあいまいな回答であった。

判断は難しいが、市場はイスラエルとイランの戦闘深刻化の回避を期待

報道によると今回の、イスラエルの攻撃で、イラン・イスラム革命防衛隊のホセイン・サラミ司令官や複数の軍関係者、各科学者が殺害された。居場所などが特定されていたケースもあるようで、周到に準備(8ヵ月との報道もある)していたことがうかがえる。ウラン濃縮はきっかけではあるが、イスラエルの決意は固く、米国は事前に察知していても止めなかったということなのだろうか?

イスラエルとイランの交戦は日々新たな展開となっており、判断は難しいが、これまでの展開から市場への影響を考えると、①の深刻な影響への懸念は若干トーンダウンし、深刻とならないシナリオを見始めているようだ。深刻な影響があるとすれば戦闘が中東全体に拡大することや、ホルムズ海峡の封鎖による石油輸送の停滞だが、可能性を市場は再考しているようだ。

結論には時期尚早だが、現時点では戦火が中東全体に拡大する動きは見られない。アラブの盟主であるサウジアラビアはイランと国交を回復したが、同国はイスラエルとも関係改善を模索していた節がある。また、イスラエルは中東の複数の国と過去に和平条約を結んだ。一方で、イランと一緒に戦うと見られる勢力はレバノンのヒズボラや、イエメンの反政府武装組織フーシ派などと言われている。イスラエルに対抗できるのか疑問も残る。

また、ホルムズ海峡の封鎖も現段階では可能性は低いようだ。日本は中東からの原油輸入の8割程度が同海峡を通過する生命線だが、日本株式市場が堅調なことは懸念が低いことを物語る。また、イラン自身を筆頭に中東産油は、同海峡封鎖となれば(原油価格は上がっても)収入減となる恐れがある。同海峡封鎖は奥の手ではあっても、カードを切ることに慎重になるのではないだろうか。

米国の出方も重要だ。トランプ米大統領は、イスラエルとイランが交戦停止の合意に達する可能性があると述べている。一方で、合意の用意が整うまで戦闘を続ける必要があるかもしれないとも指摘している。要領を得ない面もあるが、戦闘の拡大や長期化を望んではいないようだ。市場は今のところ短期的な終息を予想(期待)しているようだ。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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