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フランス格下げ、まずは政治による対応が必要
梅澤 利文
2025/09/17

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概要

格付け会社フィッチはフランス国債の格付けをAA-からA+へ引き下げ、見通しは「安定的」とした。背景はフランスの財政赤字や政治の混乱であり、今後も他社による格付け見直しが続く見通し。フランス国債利回りには信用低下が示唆されている。欧州中央銀行は現時点での特別対応は不要とするも、フランス自身の財政改革を期待しているが、26年度予算など課題は多く、解決の道筋は不透明である。




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フィッチ、フランスの国債格付けをシングルAプラスに引き下げ

格付け大手フィッチ・レーティングス(フィッチ)は9月12日、財政懸念などを背景にフランス国債の格付けをAA-からA+へ引き下げたと発表した(図表1参照)。フィッチはフランスの格付けを引き下げたが、格付け見通しは従来の「弱含み」から「安定的」に変更した。フランスでは9月8日に行われたバイル内閣(当時)の信任投票が否決され、フランス政治の分裂が示された。フィッチは政治の不安定さを格下げ理由の1つとしている。フランスの財政赤字対GDP(国内総生産)比率はユーロ圏主要国の中でも改善が遅れており、同比率を目標の3%に戻すことが危ぶまれている。

フランスで新首相が指名されたが財政改革の道筋は不透明

フランスのマクロン大統領は9日、新たな首相にルコルニュ前国防相を指名した。ルコルニュ首相は分断された議会において、懸案となっている26年度の予算案成立に向けた重責を負うこととなった。フランスの税収入対GDP比率はユーロ圏の中ではすでに高水準なことなど財政改善余地に乏しい。ルコルニュ首相が妙案を出せる可能性は低く、当面は厳しい政策運営を迫られそうだ。

フィッチは格付け発表予定日の12日に格下げを発表したが、他の主要格付け会社の発表も今後控えている。ムーディーズ・レーティングスは10月24日、S&Pグローバル・レーティングは11月28日にフランスの格付けレビューの結果を発表予定だ。

ムーディーズはフランスの格付けをAA-に相当するAa3、S&PはAA-としている。特にS&Pはフランスの格付け見通しを25年2月から「弱含み」としており、財政改善の見通しが厳しいと判断したならば、格下げがあっても不思議ではない状況だ。

財政不安、政治の混乱、格下げ懸念などを反映してフランス国債利回りは上昇(価格は下落)傾向となっている(図表2参照)。財政悪化で注目されることが多いイタリアの10年国債利回りを足元で上回る局面も見られるなど、フランスの信用低下は国債利回りに明確に示されている。

格下げを理由にECBがフランス国債を購入する可能性は足元、低そうだ

欧州中央銀行(ECB)は9月11日に政策理事会の結果を発表し、市場予想通り政策金利を据え置いた。理事会後の記者会見ではフランスについての質問が複数あった。ECBのラガルド総裁は個別国の財政について一切コメントしない方針を貫いた。しかし、ユーロ加盟国の国債利回りの格差(スプレッド)の変化が金融システムに与える影響や、その対応方法である国債購入政策について若干発言した。

ラガルド総裁の発言内容を要約すると、現在活用可能な国債購入政策であるTPI(伝達保護措置)の発動について、現段階では必要性は低いとの考えを示し、フランス自身による問題解決への期待をにじませた(図表3参照)。

ECBの国債購入政策は資産購入プログラム(APP、その大半は公的部門購入プログラム(PSPP))のように量的金融緩和を主体としたものと、TPIのようにユーロ加盟国のファンダメンタルズから正当化できない金利格差(スプレッド)を抑制するための政策に大別される。現存する主なスプレッド対応策としてはOMTとTPIがあるが、OMTを利用するには財政支援(ESMなど)を受け入れる必要があり、フランスに適用されるのは現実的でない。そもそもその厳しい前提条件からOMTは実績がない。

TPIも実績は見当たらない。発動の条件としてユーロ圏の財政枠組み(財政基準)に準拠していることや、深刻な不均衡の発生、財政の持続性などは求められるが、裁量的な面もありOMTと比べればハードルは低いとみられる。ラガルド総裁の会見で記者の質問が集中したのがTPIであったのは、そのような背景があるからだろう。

なお、ラガルド総裁はコロナ禍の影響が残る22年3月12日の政策理事会後の会見で、「ドイツとイタリアの長期金利スプレッドを縮小するのはECBの任務ではない」と発言し、当時懸念されていたイタリアとドイツのスプレッドがさらに拡大するという事態となった。これを受けてECBは1週間ほど後の3月18日に緊急の政策理事会を開催してPEPP導入を決めたという苦い経験もある。

今回の会見でラガルド総裁はECBの使命は物価安定だが、そのためには金融の安定性は必須であり、市場動向に注意を払っていると指摘した。そのうえで、現状は何らの対応をする段階ではないこと、(フランスが)財政改善に取り組むことが先決であることを強調した。TPIの発動には個別の国の財政改革への取り組みが求められる中、現状はフランス政治への期待を述べるにとどめた格好だ。

フィッチのフランス格下げでECBが慌てる様子はなく、その必要もないと判断しているようだ。ただ、26年度予算を含め、フランスの財政問題の解決は全く道筋が見えていないだけに、注意は怠れない。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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