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インド中銀、政策金利を引き下げるも今後は不確実
梅澤 利文
2025/12/08

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概要

インド準備銀行は12月5日の会合で政策金利を市場予想通り5.5%から5.25%に引き下げた。背景にはインフレ率の低下や物価見通しの下方修正がある。しかし、食品価格の変動や減税による物価の押し下げは一過性の要因とみられる一方で、ルピー安や経済成長見通しの上方修正などは追加利下げを抑制する要因にも注意が必要だ。また、外交関係の不確実性も今後の金融政策に影響を与えそうだ。




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インド中銀は全会一致で、市場予想通りに利下げを決定した

インド準備銀行(中央銀行)は12月5日に、3日~5日に開催した金融政策決定会合(以下、会合)において政策金利(レポ金利)を市場予想通り5.5%から5.25%に引き下げることを発表した(図表1参照)。利下げは3会合ぶりとなる。利下げに関する投票は全会一致だった。一方で、政策スタンスは中立姿勢を維持したが、1名が緩和姿勢を主張して反対した。

利下げの主な背景はインフレ率の低下で、消費者物価指数(CPI)の鈍化と整合的だ。ただし、インドを取り巻く外部環境は不透明で、通貨ルピーは下落傾向だ。利下げを受けた週明けの為替市場でもルピーは最安値近辺で取引されている。

インドのCPIは大幅に減速、インド中銀はインフレ見通しを下方修正

インド中銀が利下げを決定した背景には、足元のインフレ率の低下や物価の先行きの下方修正があるとみられる。しかし、インド中銀は経済成長見通しを上方修正していることや、ルピー安傾向であることなどから、追加利下げには慎重と、筆者はみている。

インドの10月のCPIは前年同月比で0.25%上昇と、現行のCPI基準となって最低水準になるとともに、インド中銀の物価目標(2%~6%)を大幅に下回った(図表2参照)。

インドのCPIが大幅に減速した背景を構成指数から確認すると、食品価格の下落が主な押し下げ要因だ。加えて、インドのモディ政権は9月22日、消費税に相当する「物品・サービス税(GST)」を引き下げた。減税は食品や日用品、耐久消費財などが対象で税率も2つに簡素化された。

インド中銀はインフレ見通しも引き下げた。25/26年度のインフレ見通しは2.0%上昇と、前回会合時点の2.6%上昇から下方修正した。モンスーン関連の作物生産が堅調で、食品価格が引き続き押し下げ要因と見込んでいることなどが背景だ。

インド中銀は経済成長見通しを上方修正しているが、対外需要については、声明文を見ても懸念を示す内容となっている。インドの貿易統計によると、10月の輸出は前年同月比で11.8%減と、9月の6.8%増からマイナスに転じた一方で、輸入は16.6%増と、9月から高水準となっている(図表3参照)。結果として貿易収支は約417億ドルの大幅赤字となった。

輸入増加はGST減税の影響で国内需要が拡大したことが背景とみられる。輸出は対米輸出の悪化が主な背景だ。インドは対中貿易へのシフトなどで改善を試みるが、影響を相殺するに至っていない。

ただし貿易収支悪化の背景は政治的要因が大半であり、インド中銀の対応には限りもあろう。

インド中銀が積極的に利下げを行う可能性は低そうだ

今回の会合でインド中銀は利下げを決定したが、次回の金融政策の方針(フォワードガイダンス)は明らかでない。足元のインフレ率は物価目標の下限(2%)を下回っているが、連続利下げの示唆を慎重にさせる要因もあるようだ。筆者はインド中銀が次の点を確認したいのでは、と考えている。

まず、インフレ鈍化の内容が短期的である懸念もあることだ。図表1から明らかなように足元のインフレ鈍化は農作物の生産が順調であったからだ。しかし食品価格は変動が大きく、今後の食品価格の展開を確認したい面もあるのだろう。

一方、図表1の構成指数で「その他」指数の内容を見ると、「ヘルスケア」、「教育」、「娯楽」などが含まれておりサービスに近い。この「その他」は10月の伸びは前年同月比で5.7%上昇と、前月の5.3%上昇を上回るなどじり高傾向だ。インドのCPIは「食品」の構成割合が5割近いため、食品価格の動向が主要な関心事となりがちだが、その他の構成割合も3割弱と無視できないだろう。

足元の物価の鈍化は、減税による影響も反映されているとみられるが、これは一過性の要因であることも今後の利下げを慎重にさせる要因だろう。

インド中銀はルピー安に極端な懸念を示さなかった印象だが、通貨安は利下げ抑制要因だろう。

インド中銀が経済成長見通しを引き上げたことも利下げの検討を妨げる要因となりそうだ。インド中銀は今回の会合で25/26年度の経済成長見通しを小幅ながら上方修正した。

対米関係の不確実性も金融政策の方向性を定めにくくする要因であろう。トランプ米政権がインドに相互関税を含め計50%の関税を課したことや、インドとロシアの接近に対する米国の姿勢は今回の利下げ支持要因だった可能性はある。しかし、インドは対米、対ロシアの関係をめぐり微妙な駆け引きを行っている。インドの外交政策が金融政策に影響を与える可能性もあり、当面展開を見守ることも考えられる。今回の会合では利下げしたインド中銀だが、次の利下げ時期は不確実で、当面据え置きとなる可能性もあると筆者はみている。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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