Pictet Story
【ジュネーブがスイスの州になるとき Ⅵ】
ピクテ家の1人、シャルル・ピクテ・ド・ロシュモンは、ピクテ銀行の経営に直接関わることはありませんでしたが、ジュネーブという都市、そしてスイスの中立性をヨーロッパの大国に承認させた人物として、語り継がれています。
ジュネーブ州と中立性という遺産
ジュネーブにもたらされた成功
こうしてジュネーブは1816年に飛び地がなくなり、その歴史上初めて、今日と同じ一つにまとまった領土を形成しました。
ピクテ・ド・ロシュモンは、当初はジュネーブのためにサレーヴ、モン=シオンとヴュアシュの山々の自然境界線をベースとしたより広大な領土を願っていました。しかしながらこの小さな州の周囲(ペイ・ド・ジェクスとサヴォワの一部地域)は無関税地域となったため、ある程度の中期的経済永続性が保証されることになりました。
ピクテ・ド・ロシュモンが勝ち取った国境とともに、改革を乗り越えた昔からのジュネーブ人と新たに加わったコミューンのカトリック系農民たちの統合から成る、新しいジュネーブ州民が誕生しました。
スイスにもたらされた成功
1821年、ピクテは『ヨーロッパの利益となるスイスから』(De la Suisse dans l’intérêt de l’Europe)と題した小冊子を刊行し、そこにおいて、ヨーロッパはスイス領土の安全保障と不可侵性の防衛をスイス自身に任せなければならないと強調しました。そして実際にスイスの中立性が再議論されることはありませんでした。こうして、中立性はピクテ・ド・ロシュモンがスイスにもたらした最も貴重な遺産となったのです。
中立性は、ヨーロッパの歴史の多くの紛争からスイスを守る一方で、赤十字国際委員会や国際連盟(1945年から国際連合)などの機関の設置や発展を促し、世界におけるスイスの調停者としての役割を高めることにもなりました。
「ジュネーブがスイスの州になるとき」は今回で終了となります。ご愛読いただき、ありがとうございました。
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