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欧州に忍び寄る景気後退懸念
梅澤 利文
2022/07/13

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概要

年初、ユーロ圏の景気後退懸念は低いと見られていましたが、ロシアのウクライナへの軍事侵攻を受けたエネルギー問題や、重要な貿易相手である中国景気の不透明感などを受けユーロ圏の景気後退懸念が高まり始めています。そうした中、欧州中央銀行(ECB)はインフレ対応で金融引締めを迫られており、ユーロ圏の景気後退リスクが急速に高まっているようです。



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ドイツ経済:ZEW景気期待指数は過去の景気後退局面に並ぶ水準

ドイツの欧州経済研究センター(ZEW)が2022年7月12日に発表した7月のZEW景気期待指数はマイナス53.8と、前月のマイナス28、市場予想のマイナス40.5を下回りました(図表1参照)。ZEW現状指数もマイナス45.8と悪化しました。

7月に大幅に低下したZEW景気期待指数の水準を過去と比べると、新型コロナウイルスによる混乱期(20年)、欧州債務危機(12年~13年)、世界金融危機(08年~09年)など過去、大幅に景気が悪化した局面と同水準となっています。

ユーロ圏は地政学リスクを背景に景気後退が懸念される

ユーロ圏が景気後退に陥るとの懸念が高まっています。特にユーロ圏経済で最大規模となるドイツ経済の見通しが急速に悪化しています。景気の先行きを占う上で参照される製造業またはサービス業購買担当者景気指数(PMI)によると、ドイツの6月分は景気の拡大・縮小の分岐となる50を上回っていますが、昨年半ばのピークから明確に低下傾向です。

ドイツ企業の景況感を示唆すると見られるドイツIfo企業景況感指数の7月分は今月末公表予定ですが、6月分は既に先行きの悪化を示唆しています。

次に、市場のエコノミストによる景気後退確率の集計調査を見ると、ドイツの景気後退確率は足元(7月1日~7日)上昇しています(図表2参照)。ロシアのウクライナへの軍事侵攻前はユーロ圏、ドイツ共に景気後退確率は低水準でしたが、見通しが徐々に悪化していることと、7月にはドイツの景気見通しがより悪化していることが同調査から伺えます。

ドイツを筆頭にユーロ圏が景気後退に陥るリスクが高まっているようですが、その背景は欧州中央銀行(ECB)の金融引き締め、輸出の悪化、ロシアからのエネルギー輸入の停止、などがあげられます。

これらの理由の中で、足元急速に不安を高めているのがロシアからのエネルギー供給停止懸念と見られます。ロシア産エネルギーに依存する度合いが比較的高いドイツの経済見通しが悪影響を受けたのは、これが背景とと見られます。

ロシアが欧州へのエネルギー供給を停止する可能性と、その影響を振り返ります。ロシアは既に欧州に対する天然ガスの輸出削減を行っていますが、これはエスカレートする恐れもあります。ロシアはドイツなどを経由する海底パイプライン(ノルドストリーム1)により天然ガスを供給していますが、7月11日に定期点検を理由に21日までノルドストリーム1による欧州への天然ガスの供給を停止しています。その前には、ノルドストリーム1の運営会社の国有化がロシア側から報道されるなど政治的な動きが背景にあるように見受けられます。点検を当面続けるなどして実質供給停止となる恐れもあります。先進国が進めるロシア産原油価格への上限設定などに対するロシアからの報復が背景と見られます。フランスのルメール経済・財務相は先日、ロシア産天然ガス供給の完全停止を覚悟すべきと発言していますが、これまでの削減から、完全停止も現実的なシナリオとして考慮する必要がありそうです。

ロシア産エネルギーの完全供給停止となった場合の経済への影響について予測が公表されています。例えば、4月にドイツの主な経済機関(ドイツ経済研究所、Ifo、キール大学世界経済研究所、ハレ経済研究所、RWI経済研究所)による共同調査(Joint Economic Forecast)では、エネルギー供給が停止した場合のドイツ経済の損失は22年と23年で2200億ユーロ程度(年間産出高の6.5%程度)と試算しています。4月時点の試算では、エネルギー供給が停止した場合、GDP成長率への影響は22年が0.8%程度減少、23年については成長率が、停止がなかった場合に比べ5%程度低下すると見込んでいます。

なお、ユーロ圏は夏の間にガスの貯蔵率を高め、冬の需要拡大期に貯蔵を減らすのが通常のパターンです。足元、ユーロ圏のガス貯蔵は例年の平均並みか、上回るペースで貯蔵を進めています。ロシアの天然ガス停止の影響は貯蔵率の進行状況なども影響すると見られ、経済成長への影響については幅を持ってみる必要があると思われます。

ECBが金融引締め姿勢を強めているものの、ユーロ安傾向が続いています。ユーロ圏の景気動向を考えれば、積極的な利上げが今後想定されているもののユーロ安傾向に底打ちが感じられないひとつの背景は、米国と異なり、ユーロ圏はロシア産エネルギーへの依存度合いの高さがネックとなっていると見ています。

米国、ユーロ圏とも金融引き締めが景気後退要因となることが懸念されるのは共通しています。一方、ユーロ圏はエネルギー停止の恐れや、貿易相手の中国の景気の先行きがゼロコロナ政策がいつ復活するかわからないという点で不透明なことも加わり、年初に比べ、景気後退の可能性が急速に高まったように思われます。懸念が杞憂に終わるのか、ユーロ圏の場合、利上げペースだけでなく、圏外要因もしくは政治要因を注視する必要があると見ています。


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梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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