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- 米上院ステーブルコイン規制法案と今後の課題
米上院は、6月17日にステーブルコインの規制整備を定めたGENIUS法を超党派で可決した。この法案はドルと連動するステーブルコインの裏づけとなる安定資産のルールや発行業者の認可を定めたもので、暗号資産業界にとって重要な一歩と見られる。トランプ政権下ではデジタル金融秘術を推進すると見られることから、ステーブルコインの利用が想定される一方で、安全性など懸念も指摘されている。
ステーブルコインの制度化に向け重要な節目となる法案が上院で可決
米国連邦議会上院は6月17日に暗号資産のひとつであるステーブルコインを規制するGENIUS法を賛成68、反対30で可決した(図表1参照)。超党派の支持により可決したこととなる。24年の米大統領選挙でトランプ支持を鮮明にした暗号資産業界にとっては意味のある勝利となった。
ステーブルコインの制度化に向け米国では上院でGENIUS法案、下院ではSTABLE法案が、それぞれ審議されてきたが、GENIUS法案の超党派での可決は暗号資産の今後に重要な一歩であろう。
GENIUS法案の可決は、民主党と共和党の対立を超えて成立した
トランプ政権の誕生に伴い、以前は仮想通貨とも呼ばれた暗号資産に関連する報道が増えている。その背景をこれまでの動きから振り返ろう。
バイデン前政権は暗号資産ビジネスを冷遇しており、様々な事例が該当するが、図表1ではその例として銀行の暗号資産の保管の制限を示した。
次のビットコインの現物を裏付け資産とするETF(上場投資信託)の承認はバイデン政権下で見られた数少ない規制緩和の例だが、前向きに許可したとは言い難い。金やビットコインの先物など、ビットコイン現物と同様の商品がETFとして認可されている中、現物ビットコインETFが認められないのは矛盾することから、米国証券取引委員会(SEC)はビットコイン現物ETFの上場・取引申請を(渋々)承認した。しかし、ゲンスラーSEC委員長(当時)は「ビットコイン自体を承認または推奨したわけではない」との声明文を発表し、ビットコインは投機的であることや、マネーロンダリング(資金洗浄)などの違法行為にも使用されていると述べている。前向きに承認したとは思えない異例の声明文だと筆者は最初に見たときに思ったものだ。
暗号資産業界はバイデン政権にたいし当然ながら不満であった。その不満をくみ取ったのがトランプ氏だ。米国製造業の再生にしても似たことだが、人々の不満を票に結び付ける能力は(好き嫌いはともかく)感心させられる。
トランプ大統領は就任直後の1月23日に米国がデジタル金融テクノロジーでリーダーシップをとることなどを目指した大統領令に署名した。この中には中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)を米国内で禁止する一方、暗号資産(仮想通貨)の利用を推進する方針が明記されている。
また、3月には代表的な暗号資産(仮想通貨)のビットコインの戦略備蓄に関する大統領令に署名した。州単位では、アリゾナ州で今月7日に州が管理する暗号資産の準備金としての使用を州法で認めた。同様の動きが他の州にも見られる。
6月17日に上院で可決したGENIUS法案ではドルと連動するステーブルコインのルールが定められた。バイデン政権下では伸び悩んだ面もある暗号資産業界だが、超党派での賛成となるとこれまでとは趣も異なる。ステーブルコインの利用促進は暗号資産業界だけでなく様々な分野に影響が及ぶと考えられるだけに今後の展開が注目される。
ステーブルコインには暗号資産業者への恩返し以上の効果の可能性も
GENIUS法案が想定するステーブルコインは、法定通貨などを裏付け資産として、企業などが発行し、価格が安定するよう設計されている暗号資産(仮想通貨)だ。 GENIUS法案によると、発行は規制当局から認可された事業者に限られ、法定通貨と1対1で価値を裏付ける準備金として米ドルや同等の流動性資産を持つことが求められている。
一般的に「ステーブルコイン」と呼ばれるものを、裏づけ資産で区分する場合、①法定通貨と1対1、②金や原油、もしくはビットコインなどのデジタル通貨、③アルゴリズム、と裏付け資産の幅が広い。
しかし、GENIUS法案が想定するステーブルコインは①のタイプに限定し最も堅実かつ「ステーブル」な性格とした。②のタイプは裏づけ資産の価格変動をある程度反映することとなり、ドルの価値から変動するリスクがある。決済手段としては現実的ではない。価格変動を「楽しみたい」のなら、裏受け資産を直接買えばよいのであって、「ステーブルコイン」などと銘打って、一般の利用者を混乱させるべきではないだろう。③のアルゴリズム型は仕組みが分かりにくいうえ、安定には程遠い。
GENIUS法案が想定するステーブルコインは決済手段としての利用を想定して法整備が進められているのなら、①に限定するのは妥当であろう。ステーブルコインの発行者は裏づけ資産(準備金)の公表を義務付けられていることや、マネーロンダリング(資金洗浄)防止の法律にも従うことが求められており、過去の失敗から学んだ面も見られる。
このような進展を受け、米小売り大手や流通会社が米ドル連動のステーブルコイン導入を検討し始めたとの報道があった。それとは反対にこの報道を受け、既存のクレジット会社の株価が下落するという反応もあった。決済に関するセキュリティの整備やクレジットカードの付帯サービスや利便性にそう簡単に追いつけるのか、今の段階では不確実だ。市場の反応は先読みが過ぎるのかもしれない。
GENIUS法案などをベースとしたステーブルコインが仮に広まった場合、裏づけ資産としてTビルなどの米短期国債が、安定的に購入される可能性がある。米国債市場で年限別発行シェアを見ると(図表2参照)、圧倒的に期間の短いセクターに依存している。これまで米短期国債も思ま購入者はMMF(マネー・マーケット・ファンド)や海外が外貨準備として保有するケースが多かった。しかし、最近ではステーブルコインが上位保有者にランキングしている。今後、法案化が進展しステーブルコインの利用が進むようであれば、国債の消化に一役買う可能性も想定される。ドル離れなどで外貨準備でのドル保有が見直されているともいわれる中、トランプ大統領にとっては、暗号資産業者に対する選挙での恩返し以上の効果があるかもしれない。
トランプ政権の思惑通りに展開するのか今後を見守る必要がありそうだ
■ トランプ政権の思惑通りに展開するのか今後を見守る必要がありそうだ
しかし、ステーブルコインをめぐっては、期待と共に安全性への懸念などを指摘する声も上がっている。ドルペッグは裏打ち資産で担保されるはずだが、本当に理屈通り機能するのかは、今後を見る必要があろう。
最初からリスクを懸念する声は少ないようだが、中長期的に「安全」が確保されるのか、注意する必要はあるだろう。ステーブルコインの運営コストは、恐らく裏づけ資産の収入(保有短期国債の利子)が充当されることも想定される。システム運営から従業員の給与まで賄えるのだろうか?利下げで金利が低下した場合への対応はヘッジされるのか?ステーブルコインの運営業者が収益をかさ上げするために裏づけ資産の要件緩和を求めることはないのか? など課題や疑問は残されている。そもそも、ステーブルコインは暗号資産業者や一部金融界ではホットな話題となっているが、一般の利用がどこまで進むのかに不確実性は残る。
下院の法案化が終わる前から懸念の声が聞かれるのは、関心が高いという面がある一方で、潜在的なリスクには注意が必要という両面があるのではないだろうか。
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