Article Title
ECB、気候変動対応を反映した金融政策のロードマップ
梅澤 利文
2022/07/26

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

気候変動問題への取り組みは政治が主体です。中央銀行が金融政策で気候変動問題に取り組むのは、金融政策の目的なのかという是非論が繰り返されていますが、議論も整理されていない段階と思われます。そうした中、ECBなど積極的に気候問題に関与する姿勢を示している中央銀行の動向は、将来の展開を占う上で1つの参考となるのかもしれません。



Article Body Text

気候変動リスクへの対応:ECBは社債保有において企業の気候変動対応を重視する姿勢

欧州中央銀行(ECB)は気候変動対策を金融政策に取り込むことに積極的な中央銀行の一つです。そのECBが2022年7月4日に公表したプレスリリースで追加的な方針として社債の保有に際し「気候変動対応で優れた実績」をあげている企業へ「傾斜」させる方針等が示されました。環境への配慮を金融政策に盛り込むプロセスが一歩進んだ印象です。

今回のプレスリリースが示した主な項目は

①ECBが保有する債券(社債)の脱炭素化の方針

②担保要件、開示条件などのフレームワーク

③気候変動を含めたリスク評価、例えば格付けの改善

となっています。

もっとも、今回のプレスリリースでは具体的な内容には踏み込んでいませんが、新たな方針は10月から非金融企業に適用される予定と記されており、今後の具体化が想定されます。また、ECBが保有する社債の発行企業の気候変動関連情報は、23年1-3月期を目処に定期的に公表されるとも述べられています。

ECBは社債購入だけでなく、担保要件などを駆使して気候変動問題に取り組む姿勢

今回のECBのプレスリリースは、ECBが社債購入プログラム(CSPP)や担保要件などを活用して気候変動対策に消極的な企業に実質的にペナルティーを科す意向を示した内容と見られそうです。実施までに時間がかかる計画も含まれてはいますが、企業など社債の発行体には段階的な対応が求められそうです。

ECBの気候変動に対する行動計画は昨年7月にロードマップとして示されました(図表1参照)。ECBはこれまで着々と行動計画を実施している印象です。例えば、ECBは104の銀行が参加した初の個別銀行への本格的な気候変動ストレステストの結果を7月8日に発表しています。

図表1の行動計画は主に6つのパートに分かれています。

1つ目はマクロモデル、2つ目はグリーン金融商品やカーボンフットプリント(原材料の調達から製造と使用、廃棄やリサイクルまでの二酸化炭素の総排出量)などをカバーするデータの開発、3つ目は担保要件で、年内に方針が策定されるとしています。4つ目は気候変動を反映したストレステストや格付けなどリスク管理、5つ目は担保評価、6つ目は社債購入プログラム(CSPP)は既に実施されている対応に比べ、今後、気候変動を考慮したCSPPの選択基準の導入や開示基準が示される予定となっています。このような枠組みでECBは行動計画を進めてきましたが、今回プレスリリースで①~③で示した

①ECBが保有する社債の脱炭素化の方針、②担保要件、③気候変動を含めたリスク評価、について現時点での進捗状況を示しています。このうち、①の保有社債の脱炭素化と②担保について振り返ります。

ECBがCSPPで保有する社債規模は3450億ユーロ程度です。シュナーベルECB専務理事は、今後数年にわたりユーロシステムが保有する社債の償還額は平均で年300億ユーロ程度と見込んでいます。この多額の償還を傾斜させる形で、保有社債の脱炭素化を徐々に進める方針と説明しています。ECBは新規の社債購入は停止していますが、環境に優しい企業が発行する社債へ傾斜して償還金を投資することが想定されます。ECBが購入しない社債のスプレッド(上乗せ利回り)に拡大圧力がかかることも想定されるだけに、企業に準備が求められそうです。

なお、ECBは今年10月から気候変動対応を考慮した傾斜による投資を開始する意向であり、詳細についてその前に発表するとしています。

次に担保に関連する方針です。担保に気候変動を反映させる基本的な考え方は、資金をユーロシステムから調達(借入)する際に求められる担保の評価に気候変動への取り組みを反映させることです。貸手としてはカーボンフットプリントが小さい企業に、より大きな融資が想定される一方で、気候変動に不熱心な企業への融資が不利となる展開が想定されます。ユーロシステムにおける担保の残高は概ね2.8兆ユーロ(ヘアカット後の評価)と巨額です。社債に比べ規模がはるかに大きく、気候変動を反映させた場合の影響度合いは、社債購入に比べ大きくなることが考えられます。その上、社債購入は基本的に金融緩和政策であるためインフレ局面では自由度が低いという問題があります。その点、担保を通じて気候変動問題を金融政策に反映させる方がコンスタントに利用できるメリットもあると考えられそうです。

融資額の上限はヘアカットを適用した後の担保価値で算定されるため、担保の評価に気候変動への取り組みを反映させることで、ECBは金融政策に気候変動を含めることが出来るという考え手射るようです。この詳細については今後を確認する必要があります。実際の適用は数年先となるのかもしれませんが、段階的に内容が明らかにされる見込みです。

ともすると、長期計画というのは「当面何もしない」ことの代名詞となることもあります。しかしECBの気候変動問題への取り組みは概ね段階的にプロセスを進めているようです。気候変動問題の展開を占う意味でも、今後の展開を見守る必要がありそうです。


関連記事


米短期金融市場とQTの今後を見据えた論点整理

日銀金融政策決定会合、どこに注目すべきか

中国、一連の経済対策の効果は期待できるのか?


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら