Article Title
ばら撒き的物価高対策の評価
市川 眞一
2022/09/16

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

岸田内閣は、9月9日、『物価・賃金・生活総合対策本部』において、物価上昇に対する追加の対策を決めた。このうち、住民税非課税世帯への5万円の臨時特別給付金には、ばら撒きとの批判が多い。もっとも、円安による賃上げなき物価高は低所得者層への影響が最も大きい。従って、この給付金の是非は、10月に決まる総合経済対策の中身によって決まるのではないか。



Article Body Text

円安のインパクト:所得に対して強い逆進性

円安に歯止めが掛からない背景は、1)日米中央銀行による真逆の金融政策、2)日本のエネルギー自給率が低いことによる貿易赤字、3)インフレ対策として輸入物価の抑制を図るジョー・バイデン政権、FRBがドル高を容認していること・・・の3つの相乗効果と言えよう。いずれも直ぐに解消される可能性は低く、円安傾向は今後も続くものと見られる。


この円安が家計に与える影響を想定するため、総務省の産業連関表を使い、円がドルに対し1年間を通じ150円で推移したケースについて、消費者物価の想定される変化を機械的に計算、2021年の家計調査における消費支出へのインパクトを所得5分位に従って推計した(図表1)。結果は、消費者物価が1.96%押し上げられ、消費支出は世帯平均で年間9万7千円の負担増になる。

所得5分位のうち、消費支出の絶対額が多い第5分位(平均所得額1,150万円)が、当然ながら負担増加額は13万円と最も大きな影響になった。ただし、年間所得に対する支出増加の率に関しては、所得の低い第1分位(平均所得額200万円)の世帯が3.4%になり、第5分位の1.1%、平均の1.5%と比べ高い。つまり、円安による物価上昇の影響は、所得に対して逆進性が強いわけだ。緊急避難的な政策としては、低所得世帯を主たる対象に据えざるを得ないだろう。

緊急避難かばら撒きか:決めるのは総合経済対策の中身

岸田内閣は、9月9日、『物価・賃金・生活総合対策本部』において、物価上昇に対する追加対策として、ガソリン全国平均価格への激変緩和のための補助金、輸入小麦政府売り渡し価格の据え置きなどと共に、住民税非課税世帯へ5万円の「臨時特別給付金」の支給を決めた。財源には2022年度予算の一般会計予備費が充てられる。

ちなみに、住民税非課税世帯は、東京都23区の場合、1)生活保護受給世帯、2)年間所得が「35万円+35万円×扶養親族+21万円」以下の世帯、3)障害者、未成年、寡婦(夫)に相当し、年収204万4千円(課税所得125万円)以下の世帯・・・の何れかに該当する世帯だ。家計調査の所得5分位では、第1分位に属する世帯と見られ、総数は全国で1,600万、その多くが高齢者やシングルマザー世帯だろう。円安のインパクトを受け易いだけに、ばら撒きと批判の多い新たな給付金だが、理に適っていないわけではない。


ただし、給付金はあくまで鎮痛剤であって、根本的な治療への準備として位置付けることが必要だ。日本の平均的な所得水準が低いのは、労働生産性の低さによって説明される(図表2)。これだと企業が賃上げをできない上、円安下でも日本国内での生産拠点増強ができず、輸出の拡大も難しい。

岸田内閣は10月中に新たな総合経済対策をまとめる予定だ。賃金を底上げするためには、雇用制度を改革し、労働移動を促進する処方箋が必要だろう。臨時特別給付金は総額8千億円程度。それが生きたお金になるのか、ばら撒きになるのかは、総合経済対策の具体策に懸かっている。


関連記事


米FRB金融政策の見通し - 時期は後ずれ回数は減少 -

米企業決算はS&P500を押し上げる材料になるか?

米国経済成長の背景に移民流入、その相互関係


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料に記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当資料中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の保護の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料に掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

手数料およびリスクについてはこちら