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米国から見たドル高・円安
市川 眞一
2022/06/24

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概要

日米の金融政策が真逆になっていることから、為替市場では円安・ドル高が進んでいる。もっとも、米国の通貨当局から為替に関する目立った発言はない。それは、ジョー・バイデン政権、FRBがドル高を歓迎しているからではないか。労働需給が逼迫し、供給余力の乏しい米国では、輸入の拡大が避けられない。ドル高は輸入物価を抑制し、インフレ圧力の緩和に貢献するだろう。



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米国の輸入拡大:労働需給逼迫下における物価の調整弁

4月における米国の貿易統計を見ると、12ヶ月移動累計ベースでの収支は赤字額が10兆328億ドルであり、初の10兆ドル台になった(図表1)。今年に入って4ヶ月間、輸出が前年同期比で22.4%伸びる一方、輸入は同24.0%拡大しており、赤字は28.9%増加している。


米国は労働需給が逼迫し、賃金を上げなければ事業主は雇用を確保できなくなった。つまり、国内の供給力には限界があるため、輸入の拡大は物価安定を目指す上で調整弁の役割を果たしていると考えられる。

ドルの実質実効レートは歴史的な高値圏だが、ジャネット・イエレン財務長官、ジェローム・パウェルFRB議長など通貨当局幹部は、為替に関する目立った発言を控えてきた。このタイミングでドル安になっていたとしても、需給逼迫の米国から輸出が増えるとは考え難い。むしろ輸入物価が上昇してインフレに拍車が掛かるだろう。

米国の政策当局にとり、現下の最大の経済面における課題はインフレの抑制だ。従って、バイデン政権、FRBは「強いドル」を歓迎しているのではないか。

強いドル:インフレ抑制へ向け必須の要件

ドルの実質実効レートと米国の消費者物価上昇率の動きを比べると、ドル安局面では物価は上昇、ドル高の局面において物価は落ち着く傾向がある(図表2)。恒常的に自国が生み出す富よりも大きな消費を行う米国の場合、ドル相場を通じた輸入物価の変動が消費者物価全般に与える影響は小さくない。特に世界が第2次石油危機に見舞われた1970年代末から80年代初頭にかけ、急激なドル高がスタッグフレーションの鎮静化に大きく寄与した。


当時、金融政策の舵取りをしたのがFRBのポール・ボルカー議長だ。就任から2ヶ月後の1979年10月6日に開催されたFOMCにおいて、FRBの政策目標をFFレートからマネーストックへ変更した。利上げに対する政治的な抵抗が増すなか、強力な量的引き締めによる結果として金利を上昇させ、ドルの実効レートを押し上げて物価の沈静化を図ったのである。

話を現在に戻すと、米国の政策当局にとりインフレの抑制に「強いドル」は必須の要件と考えられる。従って、仮に日本政府が円安に懸念を示したとしても、米国側がそれに強く呼応して何等かの措置を講ずることはないのではないか。

結果として、ドルの実質実効レートが1985年3月の高値に迫る可能性は否定できない。この流れを変え、円安に歯止めを掛けるには、米国のインフレが鎮静化するか、日銀が現在のイールドカーブ・コントロール付き量的質的緩和からの出口戦略へ移行する必要があるだろう。当面はその何れも可能性が低いため、円安局面が続くと考えられる。


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市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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