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欧米で微妙に異なる過剰貯蓄
梅澤 利文
2023/07/06

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概要

新型コロナウイルスの社会生活への影響は低下しているとみられます。しかし経済指標には雇用や消費などに微妙な影響は残されているようです。例えば、過剰貯蓄は消費活動を占ううえで、過去の経験則を当てはめるだけでは想定しづらい影響も引き起こしているとみられます。したがって、過剰貯蓄の内容を確認することに、少なからず意義はあると思われます。



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コロナ禍に積み上がった過剰貯蓄は消費動向の行方を左右していた

個人消費の動向を占ううえで、小売売上高などが参照されます(図表1参照)。ただ、コロナ禍後の消費動向は過剰貯蓄にも左右される面もあり、解釈が複雑となっています。足元では落ち着きましたが、コロナ禍後の小売売上高の推移はコロナ禍前の水準を上回っているようにもみられます。最近の欧米の中央銀行の調査などを参考に、過剰貯蓄の特色や今後を考えます。

過剰貯蓄の資産構成は米国とユーロ圏で異なる

過剰貯蓄は新型コロナウイルスが社会生活に影響を与えた2020年1-3月期から22年10-12月期ごろにロックダウンの影響など消費が縮小した結果生み出された貯蓄や、当時の財政支援策による可処分所得の増加などの積み上げを推定した金額が使われます。推定方法は様々ですが、コロナ禍前の5年程度の可処分所得のトレンドからの乖離を累積して算出するのが一般的と思われます。つまり、(各月ごとの)フローの貯蓄を可処分所得から消費並びにその他の支出を差し引いたものとして算出し、推定したい期間にわたりフローの貯蓄を累積するといったイメージです。

欧州中央銀行(ECB)の調査で過剰貯蓄がどの程度あったかを、グロスの可処分所得に対する比率でみると、ユーロ圏は22年末で11.3%程度となっています。米国の過剰貯蓄がピークとなったのは21年7-9月期で、同比率は13.2%となりました。しかし米国の同比率は22年10-12月期には7.9%にまで縮小した模様です。米国、ユーロ圏ともに、累積された過剰貯蓄の推定値をみると、今後も消費にそれなりの影響があるように思われます。しかし、今後の消費への影響を占ううえでは、過剰貯蓄の特色を知る必要もあるようです。

ここではECBや米連邦準備制度理事会(FRB)などの調査を参考に2つの分布に注目します。1つ目は過剰貯蓄の資産分布です。2つ目は所得を階層別にした分布です。

まず、過剰貯蓄の資産分布ではユーロ圏と米国に大きな違いがみられます。ECBにならい資産を預金やマネーマーケット・ファンドなど流動性資産と、株式投資や債券など非流動性資産に分類すると、米国の過剰貯蓄は、特に2020年前半は大半が流動性資産で構成されていたのに対し、ユーロ圏では流動性資産は22年末にはわずかとなっており、大半は株式保有やローン返済に充てられています。

資産分布から見た消費への影響を考えます。ユーロ圏の過剰貯蓄がグロスの可処分所得に対する比率は22年末で11.3%ですが、預金など流動性資産の割合は少なく、株式や債券への投資、ローン返済に使われています。米国のように、保有株式などを売却すれば消費に回すことは可能ですが、流動性資産が少ない分、消費への効果は限定的となることも想定されます。

米国の過剰貯蓄の資産別構成はややわかりにくくなっています。ユーロ圏は、預金から、株式、債券等保有、ローン返済などの各項目がプラスに計上されています。一方、米国では預金など流動資産はプラスですが、ローンはネットでマイナス計上されるなど入り組んでいます。米国の過剰貯蓄がグロスの可処分所得に対する比率は22年末で7.9%とユーロ圏に比べ低いですが、過半は流動性資産で構成されています。この点に限れば、消費のしやすさは米国に分があるように思われます。

しかし、米国の資産構成では新規借り入れが一定の割合を占めています。この背景には注意も必要です。

過剰貯蓄の影響は所得分布の面から緩やかな低下が想定される

2つ目の分布に所得別の分布があります。所得階層を、上位10%、次の40%、下位50%の3グループに分類すると、米国、ユーロ圏ともに、上位2グループが大半の過剰貯蓄を構成しています。資産別ほどの違いが米国とユーロ圏の間に所得分布では見られないという結果になっています。過剰貯蓄における所得分布の構成が物語るのは、恐らく以前ほどは消費への影響が強くないことが想定されることです。消費への選好を示す消費性向は低所得者層のほうが高いのが一般的であるからです。中高所得者層が過剰貯蓄の大半を占める状況では、以前ほど過剰貯蓄が消費を底上げする公算は低いように思われます。

なお、米国とユーロ圏の所得分布における違いを述べると、米国では低所得者層の過剰貯蓄が小幅ですがマイナスとなっています。この点はさらなる調査が必要ですが、一つの可能性として、生活維持のため借り入れに頼る世帯が低所得者層に増えていることも考えられます。米国のクレジットカード、とりわけリボルビングの使用などの指標に今後は注視が必要とみています。

過剰貯蓄はいつまでもつのか?は市場での関心事の一つですが、単に推定額の増減だけでなく、消費に回ることのない貯蓄額なども考え合わせる必要があります。サンフランシスコ連銀は5月に発表したレポートで過剰貯蓄が米国の消費を少なくとも23年10-12月期頃までは下支えすると指摘していますが、貯蓄選好や消費性向の変化などから過剰貯蓄の影響が低下する展開を想定しています。筆者も同様に過剰貯蓄の影響の将来的な低下を、可能性として見込んでいます。


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梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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