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冷静に考えたいウクライナ情勢
市川 眞一
2022/02/18

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概要

ロシア、ベラルーシ両軍の共同訓練で緊張感を増すウクライナ情勢だが、冷静に考える必要があろう。軍事上の要衝でロシア人の多いクリミア・セヴァストポリを除けば、ロシアにとってウクライナに侵攻するメリットは大きくない。同国のNATO加盟阻止と天然ガス・石油価格の高値維持がウラジミール・プーチン大統領の本音ではないか。ただし、世界的な分断の機運には注意が必要だ。



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ウクライナ:経済的苦境故にEU、NATOへの加盟を目指す

1991年12月の旧ソ連消滅後、同国を構成していた15共和国のうち、バルト3国と呼ばれるリトアニア、ラトビア、エストニアは2004年に北大西洋条約機構(NATO)及びEUに加盟した(図表1)。ウクライナとジョージア(旧グルジア)はロシアを中心とする独立国家共同体(CIS)に参加したものの、グルジアは南オセチア問題で2008年にロシアと断交、ウクライナも2014年3月のロシアによるクリミア共和国、セヴァストポリ特別市の編入を受けてCISから脱退した。両国は経済的な発展と安全保障を求めてEU、NATOへの加盟を求めている。

両国に共通しているのは経済の行き詰まりだ。旧ロシア15ヶ国の国民1人当たりGDPを見ると、バルト3国が最も豊かである(図表2)。また、旧親ソ東欧圏であったハンガリー、ポーランド、ルーマニアもEUとNATOへの加盟で経済を成長させてきた。一方、IMFによれば、ウクライナの1人当たりGDPは4,384ドルであり、ロシアの39%に過ぎない。ロシアにウクライナ経済を支える余力がない以上、EUへの加盟を望むのは当然であり、NATOによる安全保障を必要としているのだろう。

 

ロシア:狙いはNATO拡大阻止と天然ガスの高値維持

ロシアの立場に立った場合、1,576㎞の長大な国境を接するウクライナのNATO加盟は是が非でも避けたいと見られる。ただし、ロシア系住民の比率が高く、ロシア海軍の黒海艦隊が母港としていたセヴァストポリ特別市を含むクリミア半島を除けば、経済的に豊かでないウクライナに侵攻して米欧から厳しい経済制裁を受けるのは、本来、得策ではないだろう。

一方、米国のジョー・バイデン大統領は、バラク・オバマ政権の副大統領時代、ロシアによるクリミア編入を阻止できなかった経験から、ウクライナ情勢には非常に神経質のようだ。また、昨年8月末のアフガニスタンからの米軍撤退時における混乱が支持率低下の契機になっており、ウクライナ問題でリーダーシップの回復を図る意図もあるのではないか。

もっとも、冷静に考えた場合、プーチン大統領の狙いは、軍事的圧力によりウクライナと米国、西欧主要国の双方にNATO拡大を断念させること、そして天然ガス、石油など資源価格の高値維持と考えられる。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、2月12日、ロシアによる近日中の軍事侵攻に懐疑的な見方を示し、13日のバイデン大統領との電話会談ではウクライナへの訪問を要請した。

また、フランスのエンマニュエル・マクロン大統領、ドイツのオラフ・ショルツ首相も活発な外交を展開している。欧州にとって、東欧の安定と共にロシアからの天然ガスの調達確保は極めて重要な課題だからだろう。

ロシアがウクライナに侵攻する可能性は現時点では依然、不透明だ。ただし、ノルドストリーム2の運用が見送られるなど、当面、エネルギー価格は高水準が続くのではないか。世界的な分断の下、インフレ圧力が構造的に弱まる気配はない。


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市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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