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「天然ガス危機」が促すエネルギー安全保障
市川 眞一
2022/02/25

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概要

ロシアのウラジミール・プーチン大統領がウクライナ東部における分離派の支配地域を独立国として承認、ロシア軍がウクライナへ侵攻したことで、ウクライナ危機は新たな局面を迎えた。軍事衝突により今後の展開は予断を許さないが、ロシアは天然ガスの供給を米欧に対する人質としている模様だ。地球温暖化抑止に加え、エネルギー安全保障が国際的な課題になるだろう。



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プーチン大統領:人質となる天然ガスの供給

BPの統計によれば、2020年における天然ガスの純輸出量は世界全体で5,717億㎥だが、その39.7%に相当する2,271億㎥をロシアが供給していた(図表1)。特に欧州は、総需要量5,411億㎥のうち、31.0%を同国に依存している。

2014年3月、ロシアがウクライナの一部であるクリミア半島を編入した際、EUはロシアからの天然ガス調達停止を制裁措置にしなかった。欧州経済への影響が甚大だからだろう。

今回のウクライナ危機で米国のジョー・バイデン大統領はエネルギー・環境政策を修正、シェールガス・オイルの増産促進に踏み切る可能性がある。ただし、シェールガスを欧州に供給するには、液化した上で専用のLNG船により運ばなければならない。年内に運転開始が見込まれるカルカシューパスの液化プラントを含めても、米国のLNG生産能力は年間913億㎥だ。既に契約された日本、中国などへの輸出分を考えれば、米国の対欧州向け供給量の急拡大は難しい。

プーチン大統領の強硬姿勢の背景には、「天然ガスショック」を恐れる米国、EUが実効性の高い制裁措置を採れないとの読みがあるのではないか。ドイツのオラフ・ショルツ首相は、2月23日、未稼働のノルドストリーム2に関して承認審査の停止を発表した。しかしながら、稼働しているノルドストリームなどロシアから天然ガスを調達する他のパイプラインについては、今のところ新たな方針を示していない。

 

分断の時代のエネルギー:安全保障の観点から見直される原子力

ロシア軍がウクライナにおいて何を最終目的とするのか、現時点では不透明だ。プーチン大統領は、軍事的な圧力で緊張感を高め、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大阻止など、外交的決着を狙っている可能性があるからだ。

ただし、今回のウクライナ危機で日本を含めて先進国はエネルギー安全保障の重要性を再確認せざるを得ないだろう。1973~75年の第1次石油危機、1978~80年の第2次石油危機は、日米欧各国に産業構造の転換を促した。また、原子力の活用を進める契機にもなっている。国際原子力機関(IAEA)によれば、1971~2021年の間に432基の原子炉が運転を開始したが、そのうちの45.6%に相当する197基が1980年代だった(図表2)。2回の石油危機により、脱石油の代替エネルギーとして原子力が重視されたからだろう。

ウクライナ問題により、脱石炭化の切り札であった天然ガスの安定調達にリスクが高まるなか、EUは持続可能な経済活動の枠組みである『タクソノミー』に原子力を加える準備に入った。これに批判的な姿勢だったドイツやオーストリアも、エネルギー政策の修正を迫られる可能性がある。

ウクライナ問題は、グローバリゼーションの時代が終わり、分断の時代が到来したことを象徴するイベントと言えそうだ。そうしたなか、再生可能エネルギーに加え、ベースロードとしての原子力が改めて見直されると予想される。


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市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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